来年の春、田畑に撒く肥料が手に入らない。
そんな話を、大げさだと感じる方もいるかもしれません。
けれど、その引き金はもう引かれてしまいました。
中東の原油やガスの大動脈として知られるホルムズ海峡が、今年2月末から事実上ふさがれています。
止まったのは燃料だけではありません。
世界の食を支える肥料の原料が、この一本の海峡で堰き止められているのです。
私はこれまで、エネルギーと食料の供給網が、想像よりずっと細い糸でつながっていることを書いてきました。
その細い糸が、いままさに切れかかっています。
何が起きていて、私たちの食卓に何が迫っているのか。
そして、待っているだけでは間に合わないとしたら、自分たちの手で何ができるのか。
今日はその話をさせてください。
ホルムズ海峡で、いま何が止まっているのか
世界で船に積まれて運ばれるアンモニアの約3割、そして尿素にいたっては3分の1ほどが、この海峡を通っていました。
肥料の三大要素のうち、窒素の供給源がごっそり細るということです。
窒素肥料は、天然ガスを使って大気中の窒素から作られます。
その天然ガスがもっとも安く手に入るのが、カタールやサウジアラビアといった湾岸の国々でした。
だからこそ、世界はこの地域に深く依存してきたのです。
値段はすでに動き出しています。
尿素は今年4月、1トンあたり850ドルを超えました。
2月からわずか2か月で、8割の値上がりです。
世界銀行は、2026年の肥料の価格指数が3割以上跳ね上がると見ています。
これは石油ショックとは別の、もっと食卓に近いところで起きている異変です。
リン酸を支える硫黄も、同じ海峡を通っていた
細っているのは窒素だけではありません。
肥料の三大要素のもう一本の柱、リン酸も危うい。
リン酸肥料は、リン鉱石を硫酸で溶かして作られます。
その硫酸のもとになる硫黄が問題でした。
世界で取引される硫黄の、実におよそ半分が、やはりこのホルムズ海峡を通って運ばれていたのです。
硫黄が届かなければ、リン酸肥料は作れません。
硫黄の値段が、事態の深刻さを物語っています。
1年前は1トン150ドルから180ドルほどでした。
それがいまは850ドルから900ドル。
ものによっては1000ドルに届くといいます。
わずか1年で、5倍を超える高騰です。
窒素もリン酸も、同じ一本の海峡で同時に首を絞められている。
これが、いま世界の肥料市場で起きていることの正体です。
肥料自給率ほぼゼロ、日本の弱点はどこにあるか
ここで、日本に目を向けてみます。
私たちの国は、肥料の三大要素のほとんどを輸入に頼っています。
尿素の国内自給率は、およそ3パーセント。
リン酸とカリにいたっては、ゼロです。
リン鉱石もカリ鉱石も、この国ではほとんど採れません。
「うちはマレーシアから尿素を買っているから大丈夫」。
そう考える方もいるでしょう。
たしかに日本の尿素は、いまや7割以上がマレーシア産で、中東からの直接の輸入は多くありません。
けれど、肥料の値段は世界でひとつながりです。
湾岸の供給が世界全体の3分の1も消えれば、マレーシア産の値段も連れて上がる。
高く買える国へモノが流れ、買い負ける国が出てくる。
それが市場というものの、冷たい横顔です。
さらに重いのが、リン酸のほうです。
日本が輸入するリン安は、その7割以上を中国一国に頼っています。
そしてその中国が、自国の作付けを守るために、少なくとも今年8月まで肥料の輸出を止めると決めました。
ホルムズの混乱が長引けば、この停止はさらに先まで延びるとみられます。
日本へモノが入ってくる扉が、いま、少しずつ閉じかけているのです。
肥料が減ると、食卓はこう変わる
肥料が高くなれば、農家は使う量を減らします。
当然のことでしょう。
すると、作物の収穫量が落ちます。
畑から穫れる量そのものが減っていく。
影響は、野菜や米にとどまりません。
家畜のエサとなる飼料も、もとをたどれば肥料で育った穀物です。
飼料が高騰すれば、肉も卵も牛乳も値上がりします。
食卓の端から端まで、じわじわと値段が押し上げられていくのです。
そして、もっとも重いしわ寄せは、立場の弱いところへ向かいます。
お金のある国は、高くても買い集めることができます。
買えない国の農家は、肥料をあきらめ、収穫を落とすしかありません。
食べ物が足りなくなるとき、最初に削られるのは、弱い立場の人たちの食卓です。
これは、遠い国だけの話ではありません。
多くを輸入に頼る私たちの国も、決して例外ではないのです。
本当の波は、来年やってくる
ここまでの話には、続きがあります。
いま表に出ているのは、価格の急騰までです。
本当に重い局面は、来年やってくると私はみています。
鍵は、肥料が使われる時期にあります。
肥料は、種をまく前に畑へ入れるものです。
今年の高騰と品薄は、来年の春の作付けにそのままのしかかります。
中国の輸出停止は少なくとも8月まで、ホルムズ海峡の正常化にも数か月はかかるとみられています。
つまり、来年まいた種から実る秋の収穫こそが、もっとも細るおそれがあるのです。
棚から急に食べ物が消えるわけではありません。
じわじわと値が上がり、品数が減り、いつものものが手に入りにくくなる。
その変化が、来年にかけて、はっきりと食卓の上に表れてくるでしょう。
この細い糸が、いつか暮らしの足元を揺らす。私はそう案じてきました。
その「いつか」は、もう来年に迫っています。
国を待つより、足元から始める
本来こうした備えは、国が先頭に立って進めるべきものでしょう。
備蓄も、自給の仕組みづくりも、政策の役目です。
実際、カリ肥料の備蓄は3か月分まで積み上がり、下水の汚泥からリンを取り戻す試みも動き始めています。
それでも、国の歩みはどうしても遅い。
ならば、待つのではなく、足元からできることを始めるほうが早いのです。
化学肥料に頼りきらない道は、すでにあちこちで示されています。
- 神戸市では、下水の汚泥からリンを回収し、「こうべ再生リン」として肥料に生まれ変わらせています。捨てていたものが、畑を支える資源に変わる取り組みです。
- 鹿児島では、家畜のふんをペレットに加工し、地域の作物に合わせた堆肥入りの肥料へと仕立て直す動きが広がっています。
- 家庭でできることもあります。米のとぎ汁や米ぬか、生ゴミを、ぼかし肥料やコンポストに変えれば、台所から出る「ゴミ」がそのまま土の栄養になります。
- ベランダの小さなプランターでかまいません。自分の手で野菜を一つ育ててみる。その収穫の重みが、食べ物への感覚を確かに変えてくれます。
- 肥料を減らしながら丁寧に作物を育てている地元の農家から買う。あなたのその一票が、強くしなやかな農業を地域に残します。
どれも、来年の食料難をひとりで防げるほどの力はないかもしれません。
けれど、こうした小さな循環が地域のあちこちで回り始めたとき、社会は驚くほど粘り強くなります。
大きな仕組みが揺れたときに最後に頼れるのは、結局、足元で回っている小さな輪なのです。
いのちの巡りに、もう一度手を添える
最後に、少しだけ視点を変えさせてください。
土と向き合うことと、人が幸福であることは、本当は地続きです。
昔の人は、田畑の実りに手を合わせ、いのちをいただくという感覚を当たり前に持っていました。
その感覚を、私たちはいつのまにか遠ざけてしまったのかもしれません。
肥料の話は、突き詰めれば、いのちの巡りの話です。
私たちは長いあいだ、食べ物がどこから来るのかを考えずに済む暮らしに慣れてきました。
蛇口をひねれば水が出るように、棚へ行けば食べ物がある。
その便利さの裏側で、自分の手で何かを育て、土に返すという感覚を、少しずつ手放してきたのかもしれません。
今回の出来事は、その忘れていた感覚を思い出すための問いかけなのだと、私は感じています。
不安をあおりたいのではありません。
備えとは、おびえることではなく、いのちの流れに自分の手で参加し直すことです。
土に触れ、巡りの一部に戻るとき、人はむしろ落ち着きと自立を取り戻していきます。
困難に見える時代は、見方を変えれば、本当に大切なものを思い出すために訪れた、学びの季節でもあります。
食卓の向こうにある大地と、それを巡るいのちのつながり。
そこへ目を向ける人が、ひとり、またひとりと増えていくことを、私は心から願っています。
明日の食卓が、あなたと、あなたの大切な人にとって、温かいものでありますように。
応援いただいたあなたに、幸せが届きますように祈ります
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