明治維新の陰には奄美あり

2017年2月8日水曜日

歴史


奄美大島というのは、九州南方の海上にあり、沖縄本島の北部に位置する島です



かつては琉球に属していましたが、薩摩の琉球侵攻によって奄美は琉球から薩摩に割譲されました

薩摩に属された奄美では、稲作を禁じサトウキビだけを作らせ、通貨の代わりに砂糖を使わせるなど、砂糖製造がすべてというほどの政策がとられます

薩摩による搾取は苛烈を極め、作られたサトウキビはすべて召し上げられ、納入高によって米などの日常品の交換切符を与える制度だったそうです

奄美の島民が、自分たちの作っているサトウキビを口にしただけで、死刑に相当するとされていて、農作業に手伝わさせられていた子供が、手についたサトウキビの汁を舐めただけで、鞭打たれるという話しを描いた『月桃夜』というファンタジー小説がありますが、事実に近かったのでしょう

そのように奄美の方の苦しみのもとで獲得した砂糖の販売利益で薩摩藩は、軍艦の購入や近代的な工場の運営、あるいは留学生の派遣を賄い、また幕府から命じられた木曽川の治水工事もなんとか成し遂げていきます

薩摩藩が明治維新の主役となれ、維新が実現したのも、その裏には、奄美の人々の知られざる苦しみと悲劇があったからといえます

ちなみに沖縄の神話では、アマミキヨと呼ばれる神様が、久高島に降り立ったという話がありますが、その名が示すように、アマミキヨの神様は、奄美から沖縄に来られたということでしょう

そして、沖縄学の伊波普猷は、”アマミキヨ”を”アマベの人”という言葉から来たと言い、九州南部から渡ってきたのだろうと述べました

アマベのべからミに変化したということですが、BEがBIに変化して、その後BIからMIに変化したということですね

キヨというのは、沖縄の昔の言葉で、何とかの人を示す言葉で、若い人のことを、ワカイキヨなどと言っていたそうです

私も以前に、感じたままに、邪馬台国当たりの時期に、九州から逃れてきた人たちがいて、彼らが神話のモデルになったのではないかと述べたことがあります

そのように、日本と奄美と沖縄は、繋がりの深い土地ということですね

関連記事





↓一日一回のクリックが、このブログの灯を守ってくれます
応援いただいたあなたに、幸せが届きますように祈ります

このブログでお伝えしているのは、魂の旅路への入口となる話です。
もっと深く学びたい方、満月の一斉ワークに加わりたい方は、スピリチュアルスクールでほぼ毎日メッセージをお届けしています。
ブログには書けない霊的な実践も、ここでお話ししています。

スピリチュアルスクール 宇宙の兄弟たちへ

スクールの詳細を見る

関連記事

記事の感想をXにてお寄せください
X (旧Twitter) を見る

いまの心の状態から読む

気になる入口をひらいてください。

心が疲れているとき
人との縁に迷うとき
目覚めの感覚があるとき
現実を動かしたいとき
見えない世界を知りたいとき
時代の変化が気になるとき

ソフィアの森で見つけた幸せの鍵

新刊『ソフィアの森で見つけた幸せの鍵』 は、科学と古代の叡智が融合した魂の物語。生きる意味を見失った主人公が、ソフィアの森で賢者と出会い、人生を変える「幸せの鍵」を見つけ出していきます。読む人の心を癒やし、真実へと導く感動のスピリチュアル・ファンタジーです。

↓一日一回のクリックが、このブログの灯を守ってくれます

応援いただいたあなたに、幸せが届きますように祈ります

人気ブログランキング

ブログ内を検索

自己紹介

スピリチュアルブロガー・作家の洪正幸です。🌟「私がなぜスピリチュアルの世界へ導かれたのか――驚きの体験と魂の気づきを綴った自己紹介は以下からご覧いただけます。」 ▶️[プロフィールと魂の物語を読む]

ブログ アーカイブ

連絡フォーム

名前

メール *

メッセージ *

QooQ