世界には、何度読んでも背筋が伸びる、たいせつな言葉があります。
マザー・テレサが、インド・カルカッタの「子どもの家」の壁にずっと貼っていたとされる、ある一篇の詩――。
「Anyway(とにかく)」という静かなくり返しのなかに、矛盾だらけの現実をそれでも愛し続ける、深い覚悟が織り込まれた言葉です。
世界中の人々を導いてきた、この祈りのような詩を、まずはそのままご紹介させてください。
そのあとで、一行一行を、私自身の体験と霊的な視点から、ゆっくり味わい直してみたいと思います。
マザー・テレサが壁に貼り続けた詩――「とにかく」のことば
人々は、道理に合わず、非論理的で、自己中心的になりがちです。
でも、とにかく
彼らを愛しなさい。
たとえ、あなたがいいことをしても、人々はあなたを告発し、あなたを利己的な人だとか、秘められた野心をもつ人だとか言うでしょう。
でも、とにかく
いいことをしなさい。
あなたの長い努力が生んだ良い実りも、人に無視され、明日には忘れ去られるでしょう。
でも、とにかく
いいことをしなさい。
誠実・正直であるために、あなたが傷つけられることもあるでしょう。
でも、とにかく
誠実・正直でありなさい。
数年かけて、こつこつ築き上げてきたものが、一夜にして崩れ去るかもしれません。
でも、とにかく
築き上げていきなさい。
人々は、本当に助けを必要としています。しかし、実際に手助けすると、責められることもあるでしょう。
でも、とにかく
手助けしなさい。
持ち物のなかで、一番いいものを人々に与えなさい。面と向かって苦情をいわれるかもしれません。
でも、とにかく
持ち物のなかで、一番いいものを人々に与えなさい。
この詩はもともと、別の方の手で書かれたものでした
霊的な観点で、もう一つだけお伝えしておきたい背景があります。
この詩のもとになったのは、じつは1968年、当時十九歳だったケント・M・キース氏が大学のリーダー育成のために書いた「逆説の十戒(The Paradoxical Commandments)」というメッセージでした。
その後、マザー・テレサが心からこの言葉に共鳴され、アレンジしたうえで、ご自身の活動の場の壁に貼り続けたのです。
真に美しい言葉は、ひとりの人のものではなく、それを必要とした魂たちが、世代を超えてバトンを渡していく――。
そんな霊的な系譜が、この詩そのものの背景にも、確かに流れているのです。
「とにかく」という三文字に秘められた、深い祈り
この詩がここまで読まれ続けるのは、たんなる道徳訓ではないからです。
そこには、現実のなかで何度も傷ついた魂だけが、最後に辿り着ける一語が、繰り返し置かれています。
それが「とにかく(Anyway)」というシンプルな三文字。
論理が通じなくても、誤解されても、報われなくても、潰されても――それでも「とにかく」愛する。
この三文字の前に、私たちが普段抱えているあらゆる「もし~なら」「どうせ~だから」が、すべてやさしく溶けていきます。
霊的な世界から見たとき、この「とにかく」という決意ほど、魂を強く美しく磨く道具は、おそらく存在しません。
一行ずつ、霊的な視点で味わい直してみる
ここからは、詩の各節を、私なりの理解で受け止めなおしてみます。
あなた自身の人生のどこかに、必ず重なる場面があるはずです。
「人々は、道理に合わず、非論理的」――それでも愛するということ
身近な人の理不尽さに、心がきしむ瞬間は、誰にでもあるものです。
けれど、霊的に見れば、人はそれぞれ違う学びの段階にいます。
未熟さやエゴは、その魂が今まさに乗り越えようとしている課題そのもの。
「未熟だから愛さない」のではなく、「未熟であるところから愛しはじめる」――それが本当の愛のスタート地点なのです。
「いいことをしても告発される」――それでも善を続ける勇気
誰かのために動いた行動が、思いもよらず批判される経験は、あなたにもあるかもしれません。
そんなとき、つい「もう善意なんて見せたくない」と心を閉じたくなります。
けれど、宇宙の天秤は、すべての行いをきちんと見ています。
誤解されたぶんだけ、魂は確実に磨かれ、目に見えないところで、必ず祝福が積み重なっていきます。
「築き上げてきたものが一夜で崩れる」――それでも積み直す
長年の努力が、思わぬ出来事で水の泡のように消える瞬間。
このような時間を経験された方こそ、この一節がもっとも深く響くはずです。
けれど、形あるものは確かに失われたとしても、その建設の過程で磨かれたあなたの魂は、決して崩れません。
魂はいつもあなたの内側に残り、次のステージで新しい土台となってくれるのです。
マザー・テレサ自身の生涯が、この詩のすべてを物語る
マザー・テレサは、決して「無償の愛にあふれた、まったく揺るがない聖人」というわけではなかったと、後に明かされた手紙からは読み取れます。
彼女自身、長く深い「神の沈黙」を感じる夜を経験したと、信仰生活のなかで打ち明けておられました。
それでもなお、毎日カルカッタの路上に出て、貧しい方々に手を差し伸べ続けた――。
暗闇のなかで、信じきれない自分のままで、それでも愛する側に立ち続ける。
それは、「光に満たされた人だから愛せる」のではなく、「光が見えない夜にも、なお愛し続ける覚悟が、本当の光を生み出す」ということを、彼女自身の生き様が証明していたのです。
この「Anyway(とにかく)」という詩を、彼女が壁に貼り続けた理由が、ここに静かに重なってきます。
霊性は、結果ではなく「向きあい方」のなかにある
多くの方が、霊性とは「特別な能力」「成功」「幸運の連続」だと、誤解されがちです。
けれど本当の霊性は、結果のなかにはありません。
逆境に投げ込まれた瞬間、私たちが「それでも、とにかく」と立ち上がる、その向きあい方そのもののなかに、魂の本当の光は宿ります。
マザー・テレサが私たちに残してくれたのは、聖人になるためのマニュアルではありません。
「誰のなかにも、とにかくの祈りを灯せる場所がある」ということを、自分の生き様で見せてくれた、ひとつの大きな励ましなのです。
今日からできる、「とにかく」の祈りを暮らしに灯す三つの習慣
あなた自身の生活のなかで、この詩を息づかせるための、ささやかな三つの習慣をご提案します。
1. 朝、一日の最初のひとことに「とにかく」を添える
朝、起き上がる前に、心のなかで一度だけ唱えてみてください。
「今日も、とにかく、できることを誠実にやってみよう」。
たったこれだけで、その日のあなたの行動は、ほんの少し優しく、ほんの少し強くなります。
2. 誤解されたとき、すぐに弁解せず一呼吸置く
あなたの善意が誤解されたとき、急いで弁明したくなる気持ちが必ずわいてきます。
そんなときこそ、いったん深呼吸を一度だけ。
そして「とにかく、私はこの行動を続ける」と、心のなかで静かに誓ってみてください。
その一呼吸が、あなたの言葉を、いっそう品のあるものに変えてくれます。
3. 寝る前に「今日とにかく続けたこと」をひとつ書く
その日のうちに、どんな小さなことでもかまいません。
「今日とにかく、自分が貫いたこと」をひとつだけ、ノートに書き留めてください。
その積み重ねが、いつのまにか、誰にも壊せない、あなたの人生という大聖堂を築いていきます。
あなたの「とにかく」が、誰かの希望になる
マザー・テレサが私たちに伝えたかったのは、立派な人になることではありません。
世界が矛盾だらけで、報いが返ってこなくて、誤解だらけだとしても――それでも「とにかく」愛し続ける、ひとりの普通の人であってほしい、ということだったのだと、私は受け取っています。
あなたの今日のささやかな善意は、たとえ誰にも気づかれなくても、宇宙のもっとも深いところに、しっかりと刻まれています。
そしてそれは、巡りめぐって、いつか必ず別の誰かの希望の灯になっていきます。
「でも、とにかく」――その三文字を胸に、あなたの今日が、また一日、温かく明日へと続いていきますように。

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