2017年11月22日水曜日

るろうに剣心 -明治剣客浪漫譚-について



週刊ジャンプに連載されていた漫画で、実写化もされた「るろうに剣心 -明治剣客浪漫譚-」について書いてみます



作者は和月伸宏さんという方ですが、残念なニュースで児童ポルノ所持の容疑で書類送検されたとありました

今回はニュースには立ち入らずに、作品について述べてみます

るろうに剣心の内容は、幕末に「人斬り抜刀斎」として恐れられた伝説の剣客=緋村剣心を主人公にして描いた、基本的に創作ですが、時折、実在の人物が登場する作品となっています

緋村検心は明治維新後に「不殺」(ころさず)の誓いを立てて、流浪人として全国を旅します

その中で、ヒロインの神谷薫との出会いや、激動の時代を生きていく宿敵達との戦いを描いています

私は漫画の方は拝見したことが無かったのですが、主人公の緋村剣心役を佐藤健さんが演じ、ヒロインの神谷薫役を武井咲さんが演じた実写を拝見しました

この作品の中で気になったのが、人斬り抜刀斎と言われていた緋村検心が、後には逆刃刀という通常の刀とは、刃と峰が逆についた刀で戦うところです

以後は人を殺さないと誓った緋村検心が、峰打ちとなって切れないため人を殺さない刀を持つようになります

その刀は内に刃があるため、相手に押されていったら、自分の刀で自分が傷つくことになってしまいます

幕末に多くの人の命を殺めたという主人公・緋村剣心の贖罪の意識を、この逆刃刀は象徴しているのでしょう

この逆刃刀の話しは、戦後日本の自虐史観をも象徴していると思われます

戦争で多くの方が亡くなった痛手から、自らの手足を縛って、軍事力も放棄してきた日本の自虐史観が影響しているのでしょう

罪の意識が深くて、自らに刃を向けるまでになっているわけですね

ですが、人はどちらか一方に気持ちが偏りがちであり、人を攻撃しがちの性格の人や、自分が悪いと思い込んで自らを傷つけてしまう人もいます

そのように、他人を傷つける方向に行くのも、自分を傷つける方向に行くのも、どちらも中道から離れた両極端の道であり、どちらも問題があります

日本も第二大戦で多くの戦死者を出したことで、戦後はその反対に動いて、自虐史観が強くなっています

国家としてもこのような極端なブレはよくなくて、バランスを取った中道を心がけるべきでしょう

他国を積極的に攻撃するような国も否定し、他国から攻められるような国でも無く、自立した国家を目指すべきでしょう

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3 件のコメント:

  1. この漫画の中で、かつて姉の命を奪われたという因縁から、剣心がある男に仇討ちを挑まれる話がありました。
    その男は剣心に地獄をひたすら味わわせてから葬ってやろうという思考の持ち主で、その目的の為だけに、剣心の関係者たちを次々と傷つけ、それを剣心への挑発としていました。
    さらには剣心と刃を交えている最中にも「自分は姉を失ってから、幸せな家庭を見ると憎くて仕方がなくなる。それで昔、大恩のある一家を皆殺しにした。」と告白するなど、彼は明らかに異常な性格の持ち主でした。
    そんな放っておけば悪行をどんどん重ねていくであろう危険極まりない人物に対しても、剣心は罪悪感から実力を思うように発揮できず、結局負けることになってしまうのでした。
    (負けた後どうなったかは、ここでは伏せておきます。)

    しかしこの復讐鬼に対しては、闇討ちして倒すような卑怯なやり方を使っても、別に道義的な問題はなかったのではないかと思うのです。
    彼は何の罪もない一般人にも、平気で悪意を持って加害行為をおこなう、危険極まりない人物です。
    そんな男に対しても、剣心は敢えて正々堂々とした勝負を持ち込み、そして迷いの心から敗れ、結果多くの人を悲しませることとなりました。

    剣心は誠実な人物でしたが、誠実過ぎて自分を仇と思う人物にまで遠慮を抱いてしまい、その男が暴虐の限りを尽くしていると云う事実を優先させることができず、後手後手な対応に終わってしまったのです。
    少年漫画ということもあり、最終的にはそれが酷い結末に繋がることにはなりませんでしたが、現実にはそうもいきません。
    相手が危険な行為をしてくるのであれば、多くの人を苦しめるような輩であれば、反撃を許さないよう迷うこともなく迅速に押さえ込む必要があるのです。
    その際に老獪な手段、狡猾な手段を用いたって別にかまわないのです。
    それが一般人を巻き込む攻撃方法でなければ。
    それで一般人への被害が少なくなるのであれば。

    剣心の思想は「青い」と言わざるを得ません。
    「不殺」の誓いと相反するように、「悪・即・斬」を信条とする斎藤というキャラが、この漫画には出てきます。
    その信念通りに斎藤は作中で悪に加担する人達を情け容赦なく斬り捨てています。
    それには確かに賛否の分かれるところはありますが、相手の行動があまりにも酷く、話が一切通じないのであれば、そっちの対応をとるべきなのです。

    そして時と場合によっては、相手が悪に落ちたのも仕方なく思えるようなかわいそうな事情があっても、そっちへの情は切り捨てなければならないケースがあるのです。
    どこまでも理不尽な相手に対して、こっちが悪いのだからと云う理由で負い目を感じ続けていても、相手が理不尽さにブレーキをかけることはありません。
    どんどん付け上がってゆくだけです。
    それで悲惨な目に遭うのは、当人だけではありません。
    親しい人、愛する人、無関係な人が巻き込まれ、そして我々の子孫、後輩、後に続く者達にまで絶望を味わわせることにまでなりかねないのです。

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  2. 中道。

    常に心がけていたいです。

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  3. 罪を許す力
    自分自身の罪を許してあげることも、大切な事なんですね。
    たしかエドガー・ケイシーのリーディングに「利己主義という豚に、無償の愛という真珠を差し出してはならない」というのがあったと思います。
    色々なバランスが必要だと思いますが、見極める知恵の力が必要だと思いました。

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