2014年9月28日日曜日

霊山 御嶽山噴火の霊的な意味



霊山として礼拝されてもいます御嶽山が噴火いたしました

犠牲となられた方も出てきてしまいました

御嶽山の警戒レベルについて、噴火前には事前に捉えられず、噴火後に立ち入り禁止レベルに引きあがられたようです

噴火する前に、その兆候をとらえて入山禁止などの注意を為されていれば、今回のような犠牲は出さずに済んだかもしれません

今回のような水蒸気爆発による噴火の場合は予測は難しいとされますが、数日前より地震が続いていたと言う事ですので、あるていど予想はついたのかもしれないと思えます

火山噴火への警戒は、民主党時代に事業仕分けによって予算を増やすのを押さえられたようです

御嶽山そのものは噴火の危険性の高い山として、その後も24時間監視体制にあったようですが、残念ながら予測できずに終わっています

これも民主党時代の、日本の国家としての備えを放棄してきたことへのつけが回ってきたのだと感じられます

さらに前回の広島でおこった土砂災害についても、民主党時代の事業仕分けが無ければ、防砂対策はすでにさえれていて、あのような被害はなかっただろうといわれています

今回の噴火は、現在にも続いて、民主党時代の負の遺産が、日本を侵食し蝕んでいる事実をあらわす出来事だったように思います

かつて事業仕分けで、津波対策についても、そのような何時起こるかわからない災害を防ぐためのお金は無駄だとして廃止となったら、東日本大震災がおこり津波で多くの被害が出ました

そしてコンクリートから人へと言っていましたけど、津波の後にはコンクリート製の頑丈な建物ばかりが残っている、被災地の風景が象徴的に映し出されました

さらにダムなども無駄であるとして廃止の方向へ進めていましたけど、その後に九州等で水害が起きて多くの方が犠牲となられる事態が起こりました

これなども、通常通りにダムの建設が進んでいれば、あのような被害は食い止められたのではないかと言われています

このように、まるで日本を崩壊させ、失墜させるために働いていたように見える民主党政権の闇の部分が、今回の噴火でも現れているものと思われます

そして民主党が進めようとした最大の危機として、米国から距離をとって、中国と親密な関係を持とうとした政策があります

自然災害についても、国家間の衝突による災害についても、同じく備えを怠っていたならば多くの犠牲を出すことを示しているのではないかとおもいます

かつて民主党政権が出来る前に、もし民主党が政権をとったなら、日本には様々なる災いが降りかかってくるだろうことを警告しておりましたが、実際には多くの国民がその政権の誕生を支持してしまい、現在に至るまでその代償を払い続けることとなっています

備えを怠るものには、やがて厳しい冬の時代が訪れることを示す出来事であったのでしょう

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8 件のコメント:

  1. 最近、好きなアーティストが自ら謎の死を遂げました。いまだに動機がわからずに、私達ファンも残された奥様もアーティスト仲間も悲しみにくれています。なぜ彼は死ななければならなかったのか。なぜ人は自ら死を選ぶのか。二年前にも私は大好きな友人を亡くしました。遺書はなく、いまだに寂しい気持ちながら、天の国でしあわせであってほしいともねがっています。

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    1. あまり自殺された方のことを深く考え続けないほうがよいでしょう
      もっとポジティブな出来事にフォーカスするようにしてください

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  2. 民主党は、日本を解体するためにできた組織だと思います。民主党こそが解体された方がいいと思います。中には日本を良くするために頑張っている議員さんも少しはいるかもしれませんが。

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    1. 分裂などがあって、大分解体はされつつあるようではありますね
      現在まで、あの政権が続いていたら、日本は今ごろ解体されかかっていたかもしれません

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  3. こんな大噴火を予知できないことがとても不思議です。
    気象庁の方は「予知は未だ出来ないのです。」と会見していました。
    偉い方たちがたくさん研究されてるのに、予知は本当に不可能なんでしょうか。
    本当は分かってるのでは?と思ってしまいます。

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    1. おそらく外れたときの責任を取りたくないというのが本音かもしれませんね

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  4. 技術が発達し人間は、自然にたいして畏敬の念を無くし自然の中の小さな一部であることを忘れて軽く考えていたのではないでしょうか?
    昔の人が危機感を持つように付けた土地の名前を土地が売れやすい名前に変えて造成したり、神の宿る山に誰でも上れるようになり、山頂はライブステージになってたりする世の中。。。
    それが良いのか悪いのかは分かりませんが、自然の中でこの地球の中で共存してる生き物であること、自然は神様と崇められるほど壮大でもあり、荒々しく脅威にもなるということ
    その中で私たちは当たり前ではない命を生かせていただいているんだなぁと 思いました。。。なくなった方のご冥福とまだ戻ってこられていない方々が無事であることお祈り申し上げます。。。

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    1. 山々や自然にたいする畏敬の念は薄れつつあるでしょうね

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