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2026年8月26日の朝、ヒマラヤの氷が崩れました。
時速180キロを超える泥の濁流が谷を駆け下り、ネパールと中国をつなぐ国境の町を、わずか数分で消しています。
原因は温暖化による氷河の崩壊だと報じられました。
それはこの世的な理由として事実でしょう。
ただ、私がこの水の流れを霊的に感じたとき、「どこから、どこへ」向かったのかに、まったく別の意味が浮かび上がってきます。
何が起きたのか
崩れたのは、ネパール北部ラスワ郡、ランタン・リルンの北側にある標高5,200メートル付近の氷河でした。氷と岩の巨大な塊が1,200メートル下の谷底へ落下し、その衝撃は地震計に記録されるほどでした。
そこから泥と岩を含んだ濁流が、レンデ川、ボテコシ川、トリシュリ川と下り、20キロ以上を一気に流れ下ります。
橋は19カ所が流失。
道路は約40キロが消えました。
ネパール側で579人が亡くなり、1,924人が行方不明。
中国側でも5人が亡くなり、558人の行方不明とされていますが、中国側は被害者数を過少に報告している可能性も感じられます。
行方不明者のうち約900人は、川沿いの水力発電所で働いていた人たちです。
そして260人はカイラス山への巡礼者や旅行者でした。
聖なる山を目指して国境を越えようとしていた人たちが、その途中で流されたことになります。
上流には複数の堰き止め湖ができ、最大のものは250万立方メートルを超えました。
危険はまだ続いています。
まず、亡くなられた方々へ
数字を先に書きましたが、そこにあるのは2,500を超える人生です。朝の8時37分。
ネパールの人にとっては、店を開け、荷を積み、子どもを送り出す時間帯でした。
その日常が、逃げる時間すら与えられずに断ち切られています。
家族を探して泥の川岸を歩いている人が、いまも数千人います。
遺体が見つからないということは、悲しむ場所すら与えられないということです。
亡くなられた方々の魂が、痛みも恐怖も置いて、光のある場所へ帰られますように。
そして残された方々の上に、支えとなる手が届きますように。
私は日本から、そう祈っています。
この世的な要因は、確かにある
まず、はっきり書いておきます。温暖化によってヒマラヤの氷が不安定になっているという指摘は、正しい観測です。
永久凍土が緩めば、岩と氷を接着していたものが失われます。
氷河湖の水位は上がり、氷河そのものが斜面にしがみつく力は弱くなる。
崩れる条件は、この数十年でそろってきました。
霊的な視点を持つ人が陥りやすい間違いは、この世の因果を軽く見ることです。
「霊的な意味があるのだから、科学の説明はいらない」と考えてしまう。
それは違います。
この世で起きることには、必ずこの世の筋道があります。
物理は物理として正確に働く。
霊的な意味は、その物理の筋道を無視して現れるのではなく、その筋道を借りて現れます。
だから両方を見る必要があるのです。
それでも「なぜ、ここだったのか」は残る
ヒマラヤには不安定な氷河が数え切れないほどあります。崩れる条件がそろっている斜面は、他にいくらでもある。
にもかかわらず、今回崩れたのは、よりによってラスワガディでした。
ここがどういう場所かをご存じでしょうか。
ネパールと中国を結ぶ、いま最も重要な国境の玄関口です。
中国側の吉隆(ギロン)の口岸と向かい合い、両国を結ぶ友好橋が架かっていました。
その橋も、国境施設も、流されました。
そして水が下ってきた川の名は、ボテコシ川といいます。
「ボテ」とはネパール語で「チベットの」という意味です。
チベットの川、と呼ばれてきた水路を通って、破壊はネパールへ入ってきました。
チベットからネパールへ伸びている手
中国がネパールに強い関心を持ち続けている理由は、隠されていません。ひとつは、チベット自治区の安全保障です。
ネパールはチベットと直接国境を接し、中国の迫害を逃れてきたチベット難民が多く暮らしています。
そこが反中国的な運動の拠点にならないよう、ネパール政府に圧力をかけ、取り締まりを強化させたいという思惑が働いてきました。
もうひとつは、インドへの牽制。
ネパールは歴史的にも地理的にもインドの影響が濃い国です。
そこへ資金援助とインフラ整備を注ぎ込み、自国側へ引き寄せることで、南アジアにおけるインドの力を抑えようとしています。
そして経済圏の拡大。
「一帯一路」の名のもとに、ヒマラヤを貫く鉄道と道路の建設が進められてきました。
物流を握れば、ネパールの経済は自然と中国側を向く。
ラスワガディは、その構想の最前線でした。
つまりこの谷は、中国の手がチベットを越えてネパールへ伸びていく、その通り道として整備されてきた場所なのです。
霊的に見たとき、水は人の敷いた道をなぞった
私がこの災害を霊視したとき、感じたのはこういうことでした。破壊は、新しい道を切り開いたのではありません。
人間がすでに敷いていた道を、そのままなぞって流れ下ったのです。
チベットの高地から発し、占領された土地を通り、国境の口岸を直撃し、友好橋を折り、そしてネパールの谷へなだれ込みました。
地図の上でその軌跡を追うと、この20年ほど中国がネパールへ伸ばしてきた手の形と、ほとんど重なります。
チベットで起きたことを思い出してください。
1950年代以降、この高原では僧院が壊され、言葉が削られ、人々が土地を追われました。
ダライ・ラマ14世は亡命し、1989年のノーベル平和賞を受けたときも、非暴力を手放さなかった。
あの方は繰り返しこう語っています。
「私の宗教はとてもシンプルです。これほど単純な信条を掲げた人々の土地が、力によって呑み込まれた。
私の宗教は親切心です。」
その痛みは、消えずに残ります。
土地に残り、水に残り、風に残る。
そしてある日、条件がそろったときに、形をとって動き出します。
今回の水は、その形のひとつだったと私は見ています。
意味は、犠牲者ではなく場所に書かれる
流されたのはネパールの村人であり、発電所の作業員であり、聖山を目指した巡礼者でした。災害は人を選びません。
だから、遭われた方の側に理由を探そうとすると、必ず読み違えます。
読むべきところは、別にあります。
場所です。
霊的な意味は、犠牲者の中にあるのではなく、その出来事が起きた「場所」と「向き」の中に書かれます。
今回、水が指し示したのは、チベットからネパールへ向かう線でした。
そこに何が流れ込もうとしているのか。
その線の上で、これから何が起きようとしているのか。
見ておきなさい、と示されたと私は受け取っています。
哲学者ヘーゲルは歴史をこう捉えました。
「世界史とは、自由の意識の進歩である。」進歩は直線ではありません。
自由が踏みつけられる時期を挟みながら、それでも人類全体はゆっくりと自由の側へ向かう。
ヒマラヤで起きたことは、その大きな流れの中に置かれた、ひとつの徴です。
今日からできること
遠い国の出来事として通り過ぎず、自分の手の届く形にしておきたいと思います。- 二重に見る習慣を持つ。ニュースに触れたとき、この世の因果(気候、地形、工学)と、霊的な因果(その土地の記憶、力の向き)を両方たどってみる
- 支援先を一つ決めて、額の大小を問わず送る。祈りは行動と結びついたときに、いちばん早く相手へ届きます
- 名前を知らないまま祈る。「ラスワの谷で亡くなった方々へ」で十分に届きます。誰かを特定できなければ祈れない、ということはありません
- 怒りで終わらせない。中国という国のやり方に憤りを覚えたとしても、そこで止まると自分の内側が濁ります。憤りは「見抜く目」に変えて持ち続ける
- 自分の国の足元を確認する。水源、土地、電力、港湾。それが誰の手にあるのかを、一度調べてみてください。同じ構図は、日本の各地でも静かに進んでいます
谷は、また緑になる
ラスワの谷は、いまは泥と岩に埋もれています。橋も道も、国境の建物も消えました。
それでも、ヒマラヤの谷はこれまでにも何度も壊れ、そのたびに緑を取り戻してきました。
人の手が敷いた道は水に流されましたが、そこに暮らしてきた人々の祈りは流されていません。
チベットの人々が、七十年を超えて信条を手放さなかったように。
土地の記憶というのは、壊されたことだけを覚えているのではないのです。
そこで交わされた優しさも、同じ強さで刻まれているのです。
だから私は、この谷はもう一度、人の声が響く場所に戻ると見ています。
そして今回流された方々の魂は、いまごろ、あの高い峰の上の澄んだ光の中にいます。
痛みは置いてきました。
私たちが今できるのは、その方々の名前を知らないまま、それでも心に留めておくことです。
覚えている人がいる限り、その方々は消えません。
あなたの祈りは、ヒマラヤの谷まで、確かに届きます。
亡くなられたすべての方々が、光の中で安らかに憩われますように。
災害が伝える霊的な意味は、地震・噴火・水害ごとにまとめ記事で読めます。地震・噴火・自然災害の霊的意味完全ガイド|大地の声を聴き、恐れではなく備える
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