昨日、北海道旭川市の旭山動物園で、職員の男性が妻の遺体を園内の焼却炉に遺棄したという、にわかには信じがたい事件が報じられました。
ニュースを目にした瞬間、私は強い既視感に襲われたのです。
ちょうど一ヶ月ほど前、京都府南丹市で小学5年生の男児が行方不明となり、後に養父が遺体遺棄の疑いで逮捕された痛ましい事件がありました。
その捜査中、SNS上では「容疑者は遺体を処理する施設に勤めている」「動物の死骸を消すような仕事に関わっていた」という、まったく根も葉もないデマが拡散していたことを、皆様も覚えておられるのではないでしょうか。
あの嘘が、もしかしたら今回の旭川の事件にとって、ある「悪しき発想の種」になってしまったのではないか――。
そう感じたのは、おそらく私一人ではないはずです。
この記事では、二つの事件を結ぶ「目に見えない一本の線」について、霊的な視座から、できる限り丁寧にお話ししていこうと思います。
旭山動物園で発覚した事件と、京都の事件で流れた「ある一つのデマ」
旭川で明らかになった、動物園焼却炉での遺体遺棄事件
4月24日、北海道警は旭川市の30代の男性職員から、任意で事情聴取を行っています。
男性は、自身が勤務する旭山動物園の焼却炉に、30代の妻の遺体を遺棄したという趣旨の供述をしているとのことです。
動物園は4月8日から夏季営業に向けた休園期間に入っており、男性は前日まで普段通りに出勤していたとも報じられています。
夫婦のあいだに、外部から窺い知ることのできない事情や葛藤があったことは、想像に難くありません。
しかしそれにしても――「動物園の焼却炉」という、極めて特殊で、ふつうの人にはまず思い浮かびもしない場所が遺棄の現場として選ばれたという事実が、私の胸に深く引っかかったのです。
なぜ、よりにもよってその発想がこの男性のなかに浮かんでしまったのでしょうか。
一ヶ月前、京都の事件をめぐって流れた「動物処理施設」のデマ
時計の針を、一ヶ月前に戻します。
3月23日、京都府南丹市で小学5年生の男児が登校途中に姿を消し、4月13日になって山中で遺体となって発見されました。
そしてその3日後、養父である37歳の男性が、死体遺棄の疑いで逮捕されたのです。
捜査が進むその約3週間、ネット上ではあらゆる「犯人予想」が無責任に飛び交いました。
なかには、「容疑者は遺体を溶かす会社で働いていたらしい」「動物の死骸を処分する施設こそが現場ではないか」といった、まったく根拠のない情報まで広がっていたことが、複数の弁護士やITジャーナリストによって、公に問題視されています。
そのデマは、その後の捜査によって完全に否定されました。
事実として、何ひとつ正しい情報ではなかったのです。
しかし、ここで一つ、深く問いかけたいのです。
言葉というものは、本当に「事実無根」だからといって、何の害もなく、すっと空気のように消えてくれるものなのでしょうか。
その答えを、これからご一緒に探していきたいと思います。
言葉は本当に「ただの音」なのか|古今東西の智慧が示す霊的真実
この世界は、目に見える物質だけで動いてはいません。
見えない「想念(思いと言葉)」のエネルギーこそが、私たちの現実を、一日また一日と確かに編んでいるのです。
これは決して、私一人の主張ではないのです。
仏教が二千年以上前に警告した「妄語」という重い罪
お釈迦様は、人が日々犯しやすい罪を「十悪」として整理されました。
そのうち、なんと四つまでが「言葉」に関わる罪なのです。
妄語(事実でないことを言う)、綺語(中身のない飾り言葉を弄ぶ)、悪口(人をそしる)、両舌(人と人を仲違いさせる言葉)。
仏教徒でなくとも頷けるところでしょう。
ブッダは、「殺生」「偸盗」と並ぶほどの罪として、舌から発される言葉を厳しく戒められたのです。
なぜなのか。
それは、古代インドの聖者たちが、言葉そのものに「現実を生み出す力」が宿っていることを、霊的直観によって見抜いていたからに他なりません。
仏教が「身口意」の三業をそろえて整えなさいと説くのも、まさにこの理由なのです。
ソクラテス「三つのふるい」が二千四百年経ってなお生き続ける理由
古代ギリシャの哲人ソクラテスにも、よく知られた逸話があります。
ある日、知人がソクラテスのもとへ駆け寄り、興奮した様子で「ある人物について、こんな噂を聞いたぞ」と話し始めました。
ソクラテスは穏やかに尋ねたといいます。
「ちょっと待ってくれ。話す前に、その情報は『三つのふるい』を通したかね」と。
一つ目のふるい――「それは真実か」。
二つ目のふるい――「それは善いことか」。
三つ目のふるい――「それを伝えることは、何かの役に立つのか」。
知人は、答えに詰まりました。
真実かは分からない、善くもない、役にも立たない。
ソクラテスは静かに告げたといいます。
「ならば、君も私も、その話を知らずに済ませようではないか」と。
スマートフォンを片手に、何百万人へ瞬時に「噂」を流せてしまう現代こそ、この三つのふるいは二千四百年の時を超えて、私たち一人ひとりの胸の内にこそ必要な智慧ではないでしょうか。
万葉集が告げる「言霊の幸ふ国」という日本の原点
万葉の歌人・柿本人麻呂は、こう詠みました。
敷島の 大和の国は 言霊の幸(さきわ)ふ国 ぞ真福(まさき)く ありこそ
(この日本という国は、言葉に宿る霊力が幸いをもたらす国なのだ)
古代の日本人は、口にした言葉が現実に作用することを、ごく当たり前の感覚として知っていました。
だからこそ、不吉な言葉を「忌み言葉」として注意深く避け、祝詞や和歌をもって世界そのものを清めようとしたのです。
私たちは今、その逆を、毎日スマホの画面のなかで、無数に行ってしまっているのかもしれません。
集合意識という海|あなたの一言が、見えない波となって誰かの岸辺に届く
心理学者ユングは、人類の心の奥底には個人を超えた「集合的無意識」が広がっていると説きました。
イギリスの生物学者ルパート・シェルドレイクは、もう一歩踏み込んで、生き物の意識や行動が「形態形成場(モルフィック・フィールド)」を通じて種全体に共鳴していくと提唱しています。
科学が「魂」という言葉を慎重に避けながらも、その輪郭をなぞり始めているのです。
私自身の言葉でいえば、こうなります。
人間一人ひとりの想念は、目に見えない巨大な海へ、絶えず波紋を広げているのです。
あなたが何気なく投稿した一行の「噂」も、その海に、確かな波として刻まれます。
そして似たような周波数の波と共鳴し、増幅され、誰かの心の岸辺へと、静かに届くのです。
京都の事件で流された「動物処理施設で遺体を消した」というデマは、ほとんどの人にとっては、数秒で読み流される情報だったでしょう。
しかし、そのデマが百万単位で拡散されたとき、集合意識の海には「人間の遺体を、動物処理の施設で消すことができる」という、強烈で禍々しい思念波が、確実に刻印されてしまったのです。
そして一ヶ月後――北の大地で、たまたま動物の焼却施設に勤務していた一人の人間の心の岸辺に、その波は静かに打ち寄せた。
そう考えるのは、霊的に観るならば、決して荒唐無稽な話ではないと、私は思っています。
仏教でいう「悪縁」とは、必ずしも特定の悪人と出会うことだけを指すのではありません。
集合意識の海に沈んだ「悪しき思念」の塊そのものが、ふとした瞬間、最も心の弱った人の頭にすっと入り込み、悲劇の引き金を引いてしまうことがあるのです。
私が以前、霊視で見せられた光景|「正義の旗」の下に集まる黒い砂鉄
このたびの一件で、私の脳裏には、忘れることのできない以前の霊視がよみがえってまいりました。
ある事柄をめぐって、激しい反対の声を上げ続けておられる方々の心の流れを、私は瞑想のなかで観させていただいたことがあるのです。
確かに、活動を始められた当初の方々の心には、「平和を願う純粋な思い」や「正義感」が、白い灯のように灯っていたのです。しかし、運動を続け、SNSで言葉が飛び交うようになるにつれて――。
その方々の心から発せられる思念には、批判、悪口、嘲笑、相手への攻撃的な敵意が、増えていきました。
そして、その負の思念は、まるで黒い砂鉄が一つの磁石に吸い寄せられていくかのように、ある一点へと集まり、巨大な渦をなしていったのです。
私が霊視のなかで驚かされたのは、その時です。その黒い砂鉄の渦こそが、もはや運動を実際に押し進めている「原動力」となっていたのです。
参加者一人ひとりは、自分たちが「善意」と「使命感」によって動いていると、深く信じておられた。
しかし霊的に観るならば、運動の輪を実際に回しているエネルギーの主成分は、いつしか「正義感」から「怨念」へと、静かに、しかし確実に置き換わってしまっていたのです。
これは、すべての社会運動・反対運動・告発活動に関わる方々が、心して気づかねばならない霊的な落とし穴なのです。
そして、悲しいことに――その後、まったく別の現場で、一隻の船が転覆するという、本当に痛ましい事故が起きてしまいました。高校生を含む、これからの未来を担うはずだった若いいのちが、海へ消えていってしまったのです。
物的な因果として、運動と事故を直接結びつける証拠は、もちろん何ひとつありません。
しかし、霊的な視座から観るならば、ある領域に長く渦巻いていた巨大な負念のかたまりが、ついに物質界の「最も弱い結び目」を、ふと選んで断ち切ってしまった――。そう感じざるを得ない出来事だったのです。
「正義」の名の下に放たれた言葉であっても、そこに憎しみや嘲笑、相手への攻撃心が混じったとき、その想念がいずこへ流れ着くか、誰にも分からないのです。
最も無垢で、最も無関係なはずの者の上に、雨のように降りかかってしまうことすら、あるのです。
これは、私が霊視を通じて教えていただいた、最も重く、最も忘れてはならない教訓のひとつでした。
そして今回もまた、京都の事件で軽い気持ちで流された一片のデマが、ひと月の時を超えて、北の地で、まったく無関係に思えた一人の人間の心に、「悪しき入れ知恵」となって舞い降りてしまったのではないか。私は、そう感じてやみません。
過去にも繰り返されてきた「噂が罪なき家族をもう一度殺す」という悲劇
こうしたネット上の「犯人予想」が、結果として無関係な人々を傷つけてきた例は、決して今に始まったことではありません。
2007年に起きた香川県坂出市の3人殺害事件では、姉妹と祖母を一度に失った父親が、テレビや一部の週刊誌、ネット掲示板で「犯人ではないか」と疑われ続け、心ない仇名までつけられました。
しかし実際に逮捕されたのは、まったく別の親族でした。
幼い娘二人と義母を一度に喪った父親は、自らも全国から犯人扱いされるという、二重の地獄を生きなければならなかったのです。
2019年に山梨県道志村のキャンプ場で女児が行方不明となった事件でも、捜索を続ける母親へSNS上で「お前が犯人だろう」と書き込んだ人物が、後に脅迫罪で有罪判決を受けています。
子を失い、なお探し続ける母親の背に、見ず知らずの人々が次々と石を投げる――。
これは、霊的に観るならば、もはや「言葉」の範疇を超えた、もう一度の殺戮なのです。
事件の悲しみが繰り返されるたび、私たちは同じ過ちを繰り返してきました。
その学びを、今度こそ、本当の意味で受け取らなければならないのではないでしょうか。
今日からできる|世界をひとつ清める五つの実践
ここまで読んでくださったあなたは、もう薄々お気づきのはずです。
霊的世界の法則は、決して私たちを「裁く」ためにあるのではありません。
むしろ、私たちが世界を変える「責任」と「力」を、一人ひとり等しく、最初から授けられていることを教えてくれているのです。
今日からできる、ささやかな、しかし確実に世界の波動を清めていく実践を、五つご提案いたします。
1. 「ソクラテスの三つのふるい」を、SNSの送信ボタンを押す前に立てる
真実か。善いことか。役に立つことか。
一つでも欠ければ、その投稿は控える。
たったこれだけで、あなたが集合意識の海に投げ込む波の質は、劇的に変わります。
2. 事件報道に触れたとき、犯人予想ではなく、亡くなった方と遺族の安らぎを心のなかで祈る
それだけで、あなたの想念は集合意識の海に、淡い光の波紋を放ちます。
その光は、必ず誰かの心の岸辺へと届いていくのです。
3. 噂を聞いたら、「自分の目で確かめましたか」と、ただ静かに問い返す
攻撃ではなく、相手に「立ち止まる時間」を贈ることです。
これは、噂の連鎖を断ち切る、最も慈愛に満ちた所作なのです。
4. 一日に一度、誰かを心のなかで褒める
家族でも、すれ違った見知らぬ人でも構いません。
声に出さなくともよいのです。
それは、海に放たれる小さな金色の種となって、世界をほんの少しだけ明るくしてくれます。
5. 寝る前、その日に発したすべての言葉を振り返り、悔いる言葉があれば「もう繰り返しません」と心で誓う
霊的に言えば、これは最も簡単で、最も強力な「祓い」の所作なのです。
毎晩の数十秒の習慣が、あなたの霊性を、確かに磨き上げていきます。
あなたの今日の一言が、明日の世界を一筋でも明るくする
旭川の事件も、京都の事件も、本当に痛ましく、亡くなられた方々のご冥福を心よりお祈り申し上げます。
そして、私たちはこれらの出来事を、「対岸の異常者の話」として終わらせてはならないのです。
私たち一人ひとりが日々発する言葉は、見えない海で、誰かの背中を押しているかもしれない――。
そんな静かな自覚を一人ひとりが胸に灯すだけで、世界は確実に変わり始めます。
老子はこう述べました。
信言は美ならず、美言は信ならず
(真実の言葉は飾り立てておらず、飾り立てられた言葉は真実ではない)
古代ギリシャでも、古代インドでも、万葉の日本でも、洋の東西を問わず、聖人たちが「言葉を慎みなさい」と説き続けてきた本当の理由が、いま、現代を生きる私たちのもとへ、ようやく実感をともなって迫ってきているのではないでしょうか。
あなたの今日の一言は、明日の世界を、一筋でも明るくする側に立つことができます。
その力は、あなたの中に、確かに、最初から備わっているのですから。
どうかその力を、思い出してください。
そして、一日にひとつ、優しい言葉を、ご自身と、世界へ手渡していってあげてください。
あなたの放つ言葉が、今日もどうか、世界をやさしく照らしますように。
∴‥∵‥∴‥∵‥∴‥∴‥∵‥∴‥∵‥∴
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