20年以上連れ添った夫婦が別れる熟年離婚が、離婚全体の24.2%となり、過去最高になりました。
9月に厚生労働省が発表した人口動態統計の数字で、離婚の件数そのものは2002年をピークに減っているのに、長年連れ添った夫婦の離婚だけが割合を伸ばしています。
35年以上離婚の相談を受けてきたカウンセラーの岡野あつこさんによると、別れを切り出すのは7割から8割が女性で、最近は関係の修復を試みる段階を飛ばして、いきなり離婚に進む人が増えているそうです。
女性が働いて自分で暮らしを立てられるようになり、長生きの時代になって、残りの人生を我慢して過ごさなくなったという事です。
では、熟年離婚は霊的にはどのように見えるでしょうか。
夫婦の縁には、卒業していい縁と繰り返す縁がある
夫婦は、生まれる前に魂どうしが約束をして結ぶ縁です。
前世で強く結ばれた相手と、今世でもう一度向き合い、やり残した学びを仕上げるために夫婦になる事がよくあります。
前世で親子だった魂が夫婦になっていたり、前世で傷つけた相手、傷つけられた相手と夫婦になっていたりするのは、珍しい事ではありません。
ですから、夫婦として過ごした20年、30年の歳月が無駄だったという事はありません。
子どもを育て上げ、親を見送り、互いの欠点に付き合いながら暮らした時間の中で、魂の学びは確かに進んでいます。
学ぶべき事を学び終えた夫婦が、人生の後半でそれぞれの道を歩むのは、縁の卒業と呼べるものです。
報道で紹介されていた、52歳で離婚した70代の女性は、夫の言葉の暴力に耐えた18年を経て、今は自分の手で仕事を広げ、生き生きと暮らしておられます。
離婚を正解にしていかないといけない、という言葉には、魂が自分の足で立った人の強さがあります。
ただし、離婚がいつも卒業になるとは限りません。
相手を替えても、同じ課題がまた目の前に現れる縁もあります。
離れる前に関係を見直す段階を飛ばしてしまうと、自分の側の課題に気づかないまま次の縁へ移る事になり、魂の学びは持ち越しになります。
修復を試みて、それでも駄目だったなら、それは学びを終えた別れです。
最初から逃げるように別れた場合は、別の形で同じ問題がやってきます。
暴力的な相手から離れられないのは、愛ではなく執着
ここで、はっきりお伝えしておきたい事があります。
殴る、物を投げる、あるいは手は上げなくても、食べさせてやっている、お前は何も出来ない、と毎日のように言葉で傷つけてくる相手から離れられないのは、愛情ではありません。
それは執着であり、依存です。
この人には私がいないと駄目だから、子どもに父親は必要だから、いつかは優しかった頃の夫に戻ってくれるはずだから、と理由を並べて留まっている人は多いはずです。
霊的に見ると、そこにあるのは相手の魂の成長を願う愛ではなく、ひとりになる不安と、相手に必要とされる自分にしがみつく心が見えます。
暴力を受け入れ続ける事は、相手の魂にとっても救いになりません。
暴力をふるう側は、許されている限りそれを繰り返し、悪いカルマを積み増していきます。
離れる事で、相手は初めて自分のした事と向き合う機会を得るのです。
身の危険を感じているなら、迷わず距離をとってください。
各地の配偶者暴力相談支援センターなど、公的な相談先も頼ってよいのです。
自分の身と心を守る事は、わがままではなく、神様から預かった魂を守る行いです。
ダメな夫をつかんだのは、くじの外れではない
熟年離婚に至った女性の中には、ダメな男性をつかんで損をした、結婚はくじ引きのようなもので自分は外れを引いた、と考えている人も多いはずです。
けれども、縁はくじ引きではありません。
同じような相手ばかりを選んでしまう人には、本人の側に、その相手を引き寄せている心があります。
誰かに頼らなければ生きていけないという依存の心、ひどい扱いをされても我慢するのが妻のつとめだという思い違い、自分には愛される価値がないという思い込み。
そうした心の波長が、同じ波長を持つ相手を呼び寄せます。
類は友を呼ぶという言葉のとおりで、心の状態と出会う人とは、霊的にはひとつながりのものです。
ですから、離婚して相手から離れても、自分の内側の思い違いに気づかないままだと、再婚相手がまた同じ型の人になったり、職場や友人関係で同じ苦しみを味わったりします。
前世から持ち越した課題が、相手の顔を替えて何度でも現れるのです。
熟年になってからの婚活が盛んだという報道もありましたが、新しい出会いを求める前に、なぜ自分はあの人を選んだのか、なぜあれほど長く我慢したのかを見つめておくと、次の縁はまったく違ったものになります。
その傾向は、子どもにも受け継がれる
もうひとつ、気をつけてほしい事があります。
親の依存や思い違いは、子どもにも同じ傾向として現れてくるのです。
暴言を吐く父と、それに耐え続ける母を見て育った子どもは、それが夫婦というものだと心に刻みます。
娘は、自分を粗末に扱う男性を選んでしまい、我慢する事が愛だと思い込みます。
息子は、父と同じように家族に言葉の暴力をふるうようになったり、働かずに親や妻の世話になる事も珍しくありません。
家系に同じ不幸が繰り返されているように見えるものの多くは、こうして親の心のあり方が子に写し取られていく事から生じているのです。
霊的に見ても、親子は似た課題を持った魂どうしが縁を結んでいる事が多いので、親がその課題を乗り越えずにいると、子どもはそれを手本にしてしまいます。
逆に言えば、親が依存を断ち切り、自分を大事にする生き方に変われば、その姿が子どもにとって何よりの教えです。
子どもがすでに大人になっていても、遅くはありません。
母親が自分の足で立ち、明るく生き直していく姿を見せる事で、子どもの魂にも、違う生き方があるという光が届きます。
縁を終える前に、自分の心を見つめる
熟年離婚の増加は、女性が我慢をやめた時代の表れです。
それ自体は、魂が自由を取り戻す流れとして良い面を持っています。
ただ、別れる前に一度、これは学びを終えた卒業なのか、自分の課題から逃げようとしているのかを考えてみてください。
相手への不満を書き出すだけでなく、自分がその人を選んだ理由と、これまで我慢してきた理由を書き出してみると、自分の心の癖が見えてきます。
熟年離婚は、縁の卒業にもなれば、課題の持ち越しにもなるものです。
暴力的な相手から離れられないのは執着であり、ダメな相手を引き寄せたのはくじ運ではなく自分の心の波長で、その心のあり方は子どもにも受け継がれていきます。
だからこそ、自分の内側の思い違いに気づいた人から、家族の流れは変わり始めます。
長い結婚生活を終える人も、これからも夫婦を続ける人も、人生の後半を魂が光に向かって歩める時間にしていかれてください。
みなさんの縁が、それぞれの魂の学びにふさわしい形で実を結び、光の方へ導かれていく事を祈っています。
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