本来無一物の教え|所有が不幸を呼ぶ理由と手放し方

2023年2月5日日曜日

幸福 悩み

私たちはみな、裸でこの世に生まれてきます。

何ひとつ持たずに地球へ降り立ち、息を吸い始めたその瞬間から、人生の旅が始まるのです。

そして長い旅の終わりには、やはり何ひとつ持たずに、あの世へと帰っていきます。

その間に私たちは数えきれないほどの物を手にし、そして失っていきます。

幸せの多くは、そこから生まれているように見えます。

けれど不思議なことに、不幸の多くもまた、まさに同じ場所から生まれているのです。

今日は、幸せが不幸の種にもなってしまう私たち人間の構造と、そこから自由になるための古い教えについて、ご一緒に見ていきたいと思います。

所有が始まると、悲しみも生まれる

赤ちゃんとして生まれてきたばかりの私たちは、まだ「私のもの」という意識を持っていません。

すべては与えられる側で、世界との境界線そのものが、まだぼんやりとしています。

けれど成長していくうちに、私たちは少しずつ、ものを所有することを覚えていきます。

はじめは玩具からです。

お気に入りの人形やぬいぐるみ、おもちゃのくるま。

それらは「自分のもの」だという小さな感覚を、心の中に芽生えさせます。

すると、他の子がそれを取ろうとした瞬間に、怒りや悲しみという感情が生まれてくるのです。

愛情さえ、奪われる怖さを連れてくる

所有の感覚は、形のあるものだけにとどまりません。

母親の愛情のような、目に見えないものに対しても、私たちは「自分のものだ」と感じるようになります。

自分に注がれるあたたかな眼差しを、できるだけ独り占めしたい。

そう願う気持ちは、誰の中にもあるものでしょう。

ところが弟や妹が生まれると、その愛が一部、他の小さな存在へと注がれていきます。

そのとき子どもの心の中には、「自分のものが取られた」という感覚がよぎります。

本当はその愛は、何ひとつ減ってなどいないのに、です。

つまり所有の感覚が生まれた瞬間から、私たちは同時に「失う恐れ」という影もまた、抱え込むようになっていくのです。

大人になるほど、抱えるものは増えていく

さらに成長していくと、私たちはもっと多くのものを所有していきます。

成績優秀であることや、スポーツが得意であること、容姿が整っていてもてはやされること。

そうしたあらゆる特徴を「自分のもの」として身につけ、他人からの人気や憧れ、ささやかな名声を得ます。

けれども、こうしたものは決して安定しません。

あるとき成績が落ちはじめたり、思うように体が動かなくなったり、もっと優れた誰かが現れたりすると、自分が握っていたはずのものが奪われていく感覚に襲われます。

その瞬間、人は急に不幸な気持ちに飲み込まれてしまうのです。

大人の所有は、さらに重い

大人になればなるほど、私たちが手にするものはふくらんでいきます。

恋人、結婚相手、家庭、子ども。

仕事、肩書き、給料、貯金。

名声、社会的な評価、健康な体、若々しい姿、土地や建物。

有形の財も、無形の縁も、ひとつずつ積み重なって、私たちの暮らしを支えていきます。

それらは確かに、幸福を運んできてくれます。

家族と過ごす穏やかな夜、給料日のささやかな安堵、健康な体で歩ける朝の心地よさ。

そのどれもが、ありがたい恵みです。

けれど同時に、それらを手にしたという事実が、もうひとつの重い荷物を、私たちの肩に乗せてしまうのです。

それは「いつか失うかもしれない」という不安と、実際に失ったときの「悲しみ」です。

幸せの形は、いつか必ず変わっていく

恋人と過ごした幸せな日々は、ある日、失恋という形で終わるかもしれません。

あれほど誓い合った結婚生活も、別離の痛みに行き着くことがあります。

長年勤めた会社を、思いがけない事情で離れることもあります。

大切に貯めてきたお金を、不運な巡り合わせで失ってしまうことも、現実には起こり得ます。

築き上げた名声が、たった一度の出来事で揺らいでしまうこともあります。

そして時の流れの中で、健康はゆっくりと変わり、若さもまた、いつかは去っていきます。

所有していた土地や建物を、人生のどこかで手放す日が訪れることもあるでしょう。

これらはみな、もとから持っていなければ生まれなかった悲しみです。

つまり、私たちにかつて幸せをもたらしたまさにそのものが、時を経るうちに、不幸の入り口へと姿を変えてしまうのです。

「持つこと」と「失うこと」は同じ硬貨の表裏

これは決して、所有が悪だという話ではありません。

家族や仕事や住まいといったものは、地上を生き抜いていくために大切な土台です。

そこに喜びがあり、人としての学びの場が用意されています。

ただ、私たちが押さえておきたいのは、ひとつのシンプルな事実です。

持つということと、失うということは、同じ硬貨の表と裏のようにつながっているという事実です。

幸せの裏側には、いつもうっすらと、その幸せを失う可能性が貼りついています。

これは恐ろしいことではなく、地上に生きる魂が誰しもくぐる、ひとつの普遍的な構造なのです。

裸で生まれ、裸で帰っていくということ

ここでもう一度、人生の入り口と出口を思い出してみてください。

私たちはみな、何ひとつ持たずに生まれてきました。

そして長い旅路の果てに、やはり何ひとつ持たずに、あの世へと帰っていきます。

この世での所有物は、一切あちらへ持って帰ることができません。

あれほど大事にしていた家も、ぴかぴかに磨いていた車も、苦労して積み上げてきた貯金も、最後の一歩のところで、私たちは手放さなければならないのです。

名誉も、肩書きも、人気もまた、肉体と一緒にこの世へ置いていきます。

そう考えると、いま私たちが「自分のもの」と呼んでいるものは、実は預かりものに過ぎないのかもしれません。

ほんのいっとき、この地上での旅の道具として、貸し与えられているものなのです。

本来無一物という、心を自由にする教え

古い禅の言葉に「本来無一物」という教えがあります。

本来、自分には何ひとつ所有物などないという意味です。

裸で生まれ、裸で帰る私たちにとって、すべてはあくまで仮の縁で結ばれているにすぎません。

家族との縁も、仕事との縁も、その時その場で結ばれ、いつかはふっとほどけていく、儚いつながりです。

その儚さに気づいたとき、人ははじめて執着という重い荷物を、肩から下ろせるようになります。

本来無一物の境地に立つと、私たちは奇妙なほどに自由になります。

もちろん家族を愛し、仕事を大切にし、暮らしを丁寧に営んでいきます。

けれどそれらを「自分のもの」として握りしめるのではなく、「いっとき預かっている大切な縁」として、感謝とともに扱うようになるのです。

その心は、失うことへの恐れに飲まれません。

そして失う出来事が現れたとしても、悲しみの底に、なお静かな安らぎが横たわっています。

所有を手放すとは、愛を捨てることではない

誤解されやすいことを、ここで一言添えておきたいと思います。

所有の心を手放すとは、家族や仕事を粗末に扱うことではありません。

むしろ反対です。

「いつかは別れがくる」と心の奥で知っているからこそ、今日この瞬間に出会えている人々を、これ以上ないほど大切にしようと思えるようになるのです。

そして「自分の所有物」というラベルを外したとき、相手を支配しようとする力が静かに抜けていきます。

恋人を独り占めしようとする苦しみも、子どもを思いどおりに操ろうとする緊張も、ゆるんでいきます。

愛は、握りしめれば握りしめるほど、こぼれていくものです。

そっと両手の上にのせ、空に向かって開いたとき、不思議とこぼれずに、長く一緒にいてくれるものなのだと思います。

持つほどに、心の自由を忘れない

私たちはこの地上で、これからも多くのものを手にしていくでしょう。

幸せな出来事もあれば、苦しい別れもあるはずです。

そのどちらも、魂の旅路に欠かせない、大切な学びの場面です。

ただひとつ、覚えておいてほしいことがあります。

あなたが手にするどんな幸福も、本来の自分を超える重さで、心を縛ってはいけないということです。

持つことに溺れず、失うことに崩れず、預かったいのちと縁を、ただ丁寧に扱っていく。

そのあり方の中にこそ、地上での本当の安らぎが、静かに育っていくのではないでしょうか。

あなたがいま手にしているもののすべてに、深い感謝が灯りますように。

そしてあなたの魂が、何を持っても持たなくても、変わらずに自由でありますように。

幸福の中にひそむ次の不幸の芽については、幸福完全ガイドの章で別の記事と並べています。

↓一日一回のクリックが、このブログの灯を守ってくれます
応援いただいたあなたに、幸せが届きますように祈ります

このブログでお伝えしているのは、魂の旅路への入口となる話です。
もっと深く学びたい方、満月の一斉ワークに加わりたい方は、スピリチュアルスクールでほぼ毎日メッセージをお届けしています。
ブログには書けない霊的な実践も、ここでお話ししています。

スピリチュアルスクール 宇宙の兄弟たちへ

スクールの詳細を見る

関連記事

記事の感想をXにてお寄せください
X (旧Twitter) を見る

いまの心の状態から読む

気になる入口をひらいてください。

心が疲れているとき
人との縁に迷うとき
目覚めの感覚があるとき
現実を動かしたいとき
見えない世界を知りたいとき
時代の変化が気になるとき

ソフィアの森で見つけた幸せの鍵

新刊『ソフィアの森で見つけた幸せの鍵』 は、科学と古代の叡智が融合した魂の物語。生きる意味を見失った主人公が、ソフィアの森で賢者と出会い、人生を変える「幸せの鍵」を見つけ出していきます。読む人の心を癒やし、真実へと導く感動のスピリチュアル・ファンタジーです。

↓一日一回のクリックが、このブログの灯を守ってくれます

応援いただいたあなたに、幸せが届きますように祈ります

人気ブログランキング

ブログ内を検索

自己紹介

スピリチュアルブロガー・作家の洪正幸です。🌟「私がなぜスピリチュアルの世界へ導かれたのか――驚きの体験と魂の気づきを綴った自己紹介は以下からご覧いただけます。」 ▶️[プロフィールと魂の物語を読む]

ブログ アーカイブ

連絡フォーム

名前

メール *

メッセージ *

QooQ