昨日は安倍元首相の国葬が執り行われました
メディアの煽りもあって、国葬反対の動きもありましたが、無事に終わってよかったと思います
おそらく安倍元首相も、これであの世へと帰られるのではないでしょうか
そこで今日は、あの世へ帰る時の話をしてみたいと思います
あの世に帰る時に、伝統的には三途の川と言って、大きな川を渡るのですが、その時に船が出ていて、その船に乗るのに六文銭が必要だと言われています
あの世でもお金が必要だと考えられていたわけですね
しかし、実際には、あの世ではお金そのものがありませんので、この世の金銭は役に立ちません
では全くないかというと、金銭に代わるようなものがあります
それが人々から向けられた思いです
この世では、感謝のお礼に、お金を出して代価を支払いますが、あの世ではお金ではなく、感謝の思いが直接送られます
あの世では、より多くの人に尽くして、感謝された人が、豊かな人となるわけです
三途の川を渡る時の船賃として、六文銭が必要というのは象徴的な意味で、きちんと世の中に貢献して、人々から感謝される生き方をした人が、ちゃんとあの世へと綺麗に帰れるという意味なのです
昨日は安倍元首相の国葬が執り行われましたが、そのように多くの人に惜しまれ、そして感謝の思いが集まると、それだけ浮力としてはたらいて、あの世で高い世界に帰れます
しかし、昨日もあったように、国葬反対のような、感謝とは逆の念を向けられると、今度は浄化の妨げになるのです
それは安倍さんの霊の浄化の足を引っ張るような行為ですが、いずれは回りまわってご自身に返ってくると思わなくてはなりません
他人の浄化の妨げをしたなら、いずれ自身が亡くなった時にも、足を引っ張られて、下の方に引きずられてしまう恐れがあります
ですので、葬儀などには、反対したりとか、邪魔するようなことはしないほうがいいのです
たとえどれだけ嫌ったり、憎む相手であっても、葬儀などの邪魔はしないようにするのが、本人にとっても良いのです
昨日の国葬では、岸田首相の弔辞は、ライターの書かれた文を、そのまま読み上げたような味気ない物でしたが、菅元総理の弔辞は、心がこもっており、多くの人に思いが伝わったのではないかと思います
さすが忠義の人で、亡くなってなお、主君の名を盛り立てる人だなっと感心しました
テレビなどで、菅さんの弔辞を聞かれて、国葬は良かったと思う人も増えたのではないかと感じられます
せっかくですので、昨日の菅元総理の、弔辞を以下に全文載せて紹介しておきたいと思います
友人代表弔辞7月の8日でした。信じられない一報を耳にし、とにかく一命をとりとめてほしい。あなたにお目にかかりたい、同じ空間で、同じ空気を共にしたい。その一心で現地に向かい、そして、あなたならではのあたたかなほほえみに、最後の一瞬、接することができました。あの運命の日から80日が経ってしまいました。あれからも朝は来て、日は暮れていきます。やかましかったセミはいつの間にか鳴りをひそめ、高い空には秋の雲がたなびくようになりました。季節は、歩みを進めます。あなたという人がいないのに、時は過ぎる。無情にも過ぎていくことに、私はいまだに許せないものを覚えます。天はなぜ、よりにもよって、このような悲劇を現実にし、いのちを失ってはならない人から生命を召し上げてしまったのか。悔しくてなりません。哀しみと怒りを交互に感じながら、今日のこの日を迎えました。しかし、安倍総理…とお呼びしますが、ご覧になれますか。ここ、武道館の周りには、花をささげよう、国葬儀に立ちあおうと、たくさんの人が集まってくれています。20代、30代の人たちが、少なくないようです。明日を担う若者たちが大勢、あなたを慕い、あなたを見送りに来ています。総理、あなたは今日よりも、明日の方が良くなる日本を創りたい。若い人たちに希望を持たせたいという、強い信念を持ち、毎日、毎日、国民に語りかけておられた。そして、日本よ、日本人よ、世界の真ん中で咲きほこれ。――これが、あなたの口癖でした。次の時代を担う人々が、未来を明るく思い描いて、初めて経済も成長するのだと。いま、あなたを惜しむ若い人たちがこんなにもたくさんいるということは、歩みをともにした者として、これ以上に嬉しいことはありません。報われた思いであります。平成12年、日本政府は北朝鮮にコメを送ろうとしておりました。私は、当選まだ2回の議員でしたが、「草の根の国民に届くのならよいが、その保証がない限り、軍部を肥やすようなことはすべきでない」と言って、自民党総務会で大反対の意見をぶちましたところ、これが新聞に載りました。すると、記事を見たあなたは、「会いたい」と電話をかけてくれました。「菅さんの言っていることは正しい。北朝鮮が拉致した日本人を取り戻すため、一緒に行動してくれれば嬉しい」と、そういうお話でした。信念と迫力に満ちたあの時のあなたの言葉は、その後の私自身の政治活動の糧となりました。そのまっすぐな目、信念を貫こうとする姿勢に打たれ、私は直感いたしました。この人こそはいつか総理になる人、ならねばならない人なのだと、確信をしたのであります。私が生涯誇りとするのは、この確信において、一度として揺らがなかったことであります。総理、あなたは一度、持病が悪くなって、総理の座をしりぞきました。そのことを負い目に思って、二度目の自民党総裁選出馬をずいぶんと迷っておられました。最後には2人で銀座の焼鳥屋に行き、私は一生懸命、あなたを口説きました。それが、使命だと思ったからです。3時間後には、ようやく首を縦に振ってくれた。私はこのことを菅義偉生涯最大の達成として、いつまでも誇らしく思い出すであろうと思います。総理が官邸にいるときは、欠かさず一日に一度、気兼ねのない話をしました。今でもふと1人になると、そうした日々の様子がまざまざとよみがえってまいります。TPP交渉に入るのを、私はできれば時間をかけたほうがいいという立場でした。総理は「タイミングを失してはならない。やるなら早いほうがいい」という意見で、どちらが正しかったかは、もはや歴史が証明済みです。一歩後退すると勢いを失う。前進してこそ活路が開けると思っていたのでしょう。総理、あなたの判断はいつも正しかった。安倍総理。日本国は、あなたという歴史上かけがえのないリーダーをいただいたからこそ、特定秘密保護法、一連の平和安全法制、改正組織犯罪処罰法など、難しかった法案をすべて成立させることができました。どのひとつを欠いても、我が国の安全は確固たるものにはならない。あなたの信念、そして決意に、私たちはとこしえの感謝をささげるものです。国難を突破し、強い日本を創る。そして、真の平和国家日本を希求し、日本をあらゆる分野で世界に貢献できる国にする。そんな覚悟と決断の毎日が続く中にあっても、総理、あなたは常に笑顔を絶やさなかった。いつもまわりの人たちに心を配り、優しさを降り注いだ。総理大臣官邸で共に過ごし、あらゆる苦楽を共にした7年8カ月。私は本当に幸せでした。私だけではなく、すべてのスタッフたちが、あの厳しい日々の中で、明るく、生き生きと働いていたことを思い起こします。何度でも申し上げます。安倍総理、あなたは、我が日本国にとっての、真のリーダーでした。衆議院第一議員会館、1212号室のあなたの机には、読みかけの本が1冊ありました。岡義武著『山県有明』です。ここまで読んだ、という最後のページは、端を折ってありました。そしてそのぺージには、マーカーペンで線を引いたところがありました。しるしをつけた箇所にあったのは、いみじくも、山県有朋が、長年の盟友、伊藤博文に先立たれ、故人を偲んで詠んだ歌でありました。総理、いまこの歌くらい、私自身の思いをよく詠んだ一首はありません。かたりあひて 尽しゝ人は 先立ちぬ 今より後の 世をいかにせむかたりあひて 尽しゝ人は 先立ちぬ 今より後の 世をいかにせむ深い哀しみと、寂しさを覚えます。総理、本当に、ありがとうございました。どうか安らかに、お休みください。令和四年九月二十七日 前内閣総理大臣、友人代表 菅義偉
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