自分を愛して生きる力は、いったいどこから生まれてくるのでしょうか。その答えのひとつを、私は乙武洋匡さんとそのお母さんの物語のなかに見る思いがします。今回は、子どもが自分自身を愛して歩んでいけるようになる土台について、ひとりの母親がかけた言葉を手がかりに考えてみたいと思います。
『五体不満足』という著書がベストセラーになった乙武洋匡さんは、生まれつきのハンディをものともせず、積極的に人生を切りひらいてこられた方です。テレビや本を通して伝わってくる姿からは、自分に自信を持ち、自分を愛して生きておられるのだと感じます。もちろん人間ですから、ときに自信が強く出すぎて周囲を顧みず、暴走するように見える場面もあるのかもしれません。それでも、困難に直面したときに踏みとどまり、それを越えていく力の強さは確かなものでしょう。
その力の源をたどっていくと、私はどうしても、乙武さんご本人よりも、その背後にいたお母さんのほうへ関心が向いてしまうのです。一人の子どもがこれほどまっすぐに自分を肯定して生きられるようになった、その始まりにあったものは何だったのか。そこにこそ、私たちが学べる大切なものが隠れているように思います。
母親が最初にかけた「かわいい」という言葉
乙武さんに両手足が無いということは、生まれるその時まで、お母さんには知らされていなかったそうです。出産のとき、周囲の人たちは、母親がショックを受けてしまうのではないかと気がかりだったといいます。生まれてきたわが子の姿を見た瞬間に、母親が何を思い、どんな言葉を口にするのか。きっと張りつめた空気が流れていたことでしょう。
ところが、生まれてきた子を見たそのとき、お母さんが口にした言葉は「かわいい」だったそうです。憐れみでも、嘆きでもなく、ただわが子をいとおしむ言葉。この一言が、その後の乙武さんの人生に、はかり知れないほど大きな影響を与えたはずです。
もし仮に、母親が手足の不自由なわが子を憐れんで、毎日泣き暮れていたらどうだったでしょう。子どもはきっと、「僕のせいでお母さんは悲しんでいる。僕が生まれてきたのは間違いだったんじゃないか」と思いこんでしまったかもしれません。そう感じてしまえば、その思いは人生のあちこちに暗い影を落としていったことでしょう。生きる土台そのものが、ぐらついてしまうのです。
母親の愛が、子どもの「自分を愛する力」になる
母親の深い愛は、目に見えないかたちで子どもに宿っていきます。そして子どもは、その愛を受け取ることを通して、自分自身を愛する力を手に入れていくのだと思います。最初に注がれた愛が種となり、やがて自信へと育っていく。その自信があれば、その後の人生でどれほどの苦難に出会ったとしても、それを乗り越えていく支えになってくれます。
つまり、自分を愛して生きる力は、自分ひとりの努力でゼロから作り出すものではありません。だれかから注がれた愛を受け取り、それを内側にしみこませていくところから始まるのです。乙武さんが見せてくれる強さの奥には、生まれたその瞬間に「かわいい」と言ってくれた母親のまなざしが、ずっと生き続けているのだと思います。
「これ以上望んだら、バチが当たる」という母の思い
最後に、乙武さんのお母さんの言葉をそのまま紹介したいと思います。短い言葉のなかに、子どもへの愛のかたちが余すところなく表れています。
「あなたが生まれてきたとき、四肢のない身体を見て、『この子は一生寝たきりの人生を送るのかもしれない』と思ったの。それでも、ベッドの上で元気に笑ってさえいてくれたら、それでいいって。そこがスタートだったから、それからはあなたが何をしたって、私たち夫婦にはよろこびでしかなかったのよ。寝返りを打った。起きあがった。自分で歩きだした。小学校にあがって、自分で字を書いたり、食事ができるようになったときには、もう天にも昇る思いだった。だからね、思ったの。これ以上、この子になにか望んだら、バチが当たるって」(『自分を愛する力』講談社現代新書)
子どもがそこに生きて、笑っていてくれる。ただそれだけで満たされている。この母親にとっては、わが子の存在そのものがよろこびであり、そこから先のすべてが贈りものでした。寝返りひとつ、立ち上がる一歩が、天にも昇る思いだったというのです。これ以上望んだらバチが当たる。そんなふうに思えるほど、子どもの命をまるごと受け入れていた母親の心が、乙武さんという人の根っこを支えてきたのだと、私は感じます。
わが子に何かを「させる」ことよりも、わが子が「在る」ことそのものをよろこぶ。その姿勢が、子どもに自分を愛する力を授けていきます。もしあなたが今、だれかを育てる立場にいるのなら、あるいは自分自身を育て直したいと願っているのなら、この母親の言葉を、そっと胸にしまっておいてほしいと思うのです。
自分を愛して生きる力については、家族・親子のカルマ完全ガイドに関連する記事を並べています。
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