
※2026年4月30日に加筆・再構成しました。
世界中で何百年も唱えられ続けてきた、ひとつの祈りがあります。
「主よ、わたしをあなたの平和の道具にしてください」――。
そう静かに始まるこの祈りは、アッシジのフランチェスコ(聖フランシスコ)の名で広く知られている、いわゆる「平和の祈り」です。
実際にはこの祈り文そのものは後世に作られたものと伝えられていますが、その言葉の一節一節からは、まぎれもなく聖フランシスコの精神が静かに息づいているように感じられます。
そのため、彼の名が冠せられて、いまも世界中で愛されているのです。
この記事では、その祈りの全文と、そこから受け取れる霊的な恵み、そして私たちの暮らしへの落とし込み方を、ゆっくりとご紹介していきたいと思います。
聖フランシスコの平和の祈り|全文
主よ、わたしをあなたの平和の道具にしてください。
憎しみのあるところに、愛をもたらすことができますように。
争いのあるところにゆるしを、
分裂のあるところに一致を、
疑いのあるところに信頼を、
誤りのあるところに真理を、
絶望のあるところに希望を、
悲しみのあるところに喜びを、
闇のあるところに光をもたらすことができますように。
ああ主よ、わたしに、
慰められるよりも、慰めることを、
理解されるよりも、理解することを、
愛されるよりも、愛することを求めさせてください。
わたしたちは与えるので受け、
ゆるすのでゆるされ、
自分自身を捨てることによって、永遠の命に生きるからです。
「平和の道具になる」という、深く謙虚な姿勢
この祈りの最初の一節は、いつ読んでも心が震えます。
「主よ、わたしをあなたの平和の道具にしてください」――。
ここには、自分自身が「平和を成し遂げる主役」になろうとするのではなく、大いなる存在の働きを通すための小さな器でありたいという、深く謙虚な姿勢が込められています。
スピリチュアルな道を歩んでいると、つい「自分が世界を変えるんだ」「自分の力で人を救うんだ」と力みすぎてしまう瞬間があります。
しかしこの祈りは、私たちにそっと囁きかけてくれます。
「あなたが力むのではなく、ただ通させてあげなさい」
「あなたを通って、もっと大きな愛が流れていくのを許しなさい」
そうした静かな委ねの姿勢こそ、本物の癒しと平和を生む、最も大切な土台なのだと思います。
八つの祈りに込められた、闇を光に変える智慧
祈りの第二段落には、八つの「~のあるところに、~を」というフレーズが並んでいます。
・憎しみのあるところに、愛を
・争いのあるところに、ゆるしを
・分裂のあるところに、一致を
・疑いのあるところに、信頼を
・誤りのあるところに、真理を
・絶望のあるところに、希望を
・悲しみのあるところに、喜びを
・闇のあるところに、光を
これらは、その瞬間にもっとも欠けているものを、最高の贈り物として差し出すという、霊的な智慧の結晶です。
憎しみがあるとき、私たちはつい同じだけの憎しみで応じたくなります。
しかしこの祈りは、そうしたパターンをそっと逆さにしてくれるのです。
相手が出してくる感情と同じもので返すのではなく、その正反対にあるもっとも美しいもので返していく――。
これは、聖フランシスコだけでなく、釈尊やイエス・キリストといった偉大な魂たちが、共通して教え続けてきた普遍の真理でもあります。
「与えることによって受け取る」という逆説
祈りの最後の段落は、特に深く心に染み入ります。
「わたしたちは与えるので受け、
ゆるすのでゆるされ、
自分自身を捨てることによって、永遠の命に生きる」
通常の感覚で考えれば、受け取るために与え、ゆるされるためにゆるすのは、ある意味で当たり前のように思えるかもしれません。
しかし、聖フランシスコのこの言葉は、もっと根源的な真理に触れています。
それは、宇宙には「先に出したものが、必ず巡って戻ってくる」という法則があるということです。
惜しみなく愛を差し出した分だけ、私たち自身もまた、見えないところからふんだんに愛を受け取っていきます。
ためらわずに赦した分だけ、私たち自身の魂もまた、過去の痛みからゆっくりと解放されていきます。
「自分自身を捨てる」とは、決して自己犠牲や自己否定のことではありません。
「小さな自我に固執することをやめる」「もっと大きな魂の意志に身を委ねる」という、神聖な明け渡しのことなのです。
今日からできる、平和の祈りの三つの実践
では、この美しい祈りを、私たちの暮らしのなかでどのように生かしていけばよいでしょうか。
三つだけご紹介します。
1.朝、一節だけ声に出して読む
全文を毎日唱える必要はありません。
「憎しみのあるところに、愛をもたらすことができますように」――そう一行だけ、朝の支度のあいだに静かに声に出してみる。
それだけで、その日一日のあなたの波動が、ふっと整っていきます。
2.苦手な人を一人だけ思い浮かべる
この祈りを誰かに捧げてみるとき、もっとも効果が深いのは、あなたがいま苦手だと感じている誰かを心に思い浮かべながら唱えることです。
相手を変える必要はありません。
ただ、その人に対してこの祈りの言葉を流すだけで、自分自身の心の重荷が、不思議と軽くなっていきます。
3.一日を終える前に「与えたもの」を振り返る
寝る前の一分間、こう自分に問いかけてみてください。
「今日、私は何を、誰に、与えただろうか」
それは大きなことでなくて構いません。
温かい挨拶、優しい眼差し、誰かのための小さな祈り――。
その積み重ねが、聖フランシスコの言う「平和の道具」としての一日を、確かなものに変えてくれます。
まとめ|あなたが祈ることが、世界を整える
聖フランシスコの平和の祈りは、決して教会のなかだけで唱えられるべきものではありません。
キリスト教の信仰を持っているか持っていないかに関わらず、すべての魂に開かれた、人類の宝のような祈りです。
ニュースを見て胸を痛めたとき、隣人との関係に疲れたとき、自分自身の弱さに落ち込んだとき――。
そのたびに、この祈りの一節を、心の中でそっと唱えてみてください。
あなたが祈ることそのものが、確かに世界の集合意識をやわらかく整え、争いや憎しみのなかにいる魂たちに、見えないかたちで光を届けていきます。
どうか今日も、あなた自身が、あなたの暮らす場所での「平和の道具」として、ゆっくりと、しかし誠実に歩んでいかれますように。
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