
※2026年4月30日に加筆・再構成しました。
私たちが今、この日本という国で日々を穏やかに過ごすことができているのは、決して当たり前のことではありません。
戦後、日本は南北に分断され、各国によって統治される寸前でした。
その分かれ道で、はるか遠くスリランカから立ち上がった一人の人物の演説と、その演説の中で引用された二千五百年前の仏陀の言葉が、この国の運命を静かに変えたと言われています。
今回は、テレビ番組「世界ふしぎ発見」のスリランカ特集をきっかけに、改めて噛みしめたい、日本とスリランカの深い縁についてお伝えしてみたいと思います。
戦後、日本に立ち込めていた「分断」の影
第二次世界大戦が終わり、日本の敗戦が決まったあと、戦勝国の代表たちは、この敗戦国をどう扱うかを真剣に話し合っていました。
サンフランシスコ講和会議の場では、こんな声が飛び交っていたと伝えられます。
「日本に今、この段階で平和を与えるのは、もってのほか」
「日本は南北に分割して統治すべき」
「日本を独立させるのは時期尚早だ」
一歩間違えば、日本列島は朝鮮半島やかつての東西ドイツのように、人為的に切り裂かれた国家として、長く重い悲しみを抱えていく可能性があったのです。
スリランカ代表ジャヤワルダナ氏の演説
そんな緊張に満ちた会議のなかで、静かに、しかし揺るぎなく立ち上がった人物がいました。
当時「英連邦内自治領セイロン」(後のスリランカ)の代表として出席していた、ジュニウス・リチャード・ジャヤワルダナ氏(後のスリランカ大統領)です。
ジャヤワルダナ氏は、ブッダの言葉を静かに引用しながら、こう語りかけたと伝えられています。
「戦争は戦争として、終わった。もう過去のことである。
我々は仏教徒である。
やられたらやり返す、憎しみを憎しみで返すだけでは、
いつまでたっても戦争は終わらない。
憎しみで返せば、憎しみが日本側に生まれ、
新たな憎しみの戦いになって戦争が起きる。
戦争は憎しみとして返すのではなく、
優しさ、慈愛で返せば平和になり、
戦争が止んで、元の平和になる。
戦争は過去の歴史である。
もう憎しみは忘れて、慈愛で返していこう。」
当時、東西冷戦のなかでソ連と真正面から対峙していた状況にもかかわらず、ジャヤワルダナ氏はこの場で、対日賠償請求権の放棄を明確にし、日本を国際社会の一員として受け入れるよう訴えました。
この演説は、当時の日本に厳しい制裁措置を求めていた一部の戦勝国の心をも動かしたと言われています。
そして、これが、その後の日本の国際社会復帰への道を開く象徴的な瞬間として、いまも歴史に刻まれているのです。
もしこの演説がなかったら――
もしこの演説がなかったとしたら、日本は戦勝国によって分割統治されていたかもしれません。
かつての東西ドイツや、現在も続く朝鮮半島の南北分断を思い浮かべると、それがどれほどの悲しみを長く生み続ける選択であるかが、痛いほど伝わってきます。
私たちが今こうして、北から南まで一つの国として平和に行き来できるのは、ある意味でジャヤワルダナ氏と、その背後にあった仏陀の智慧のおかげなのです。
スリランカという国に、どれほどの感謝を捧げても、捧げきれるものではないでしょう。
大師(仏陀)のメッセージ|怨みは愛によってのみ止む
ジャヤワルダナ氏が引用された仏陀の言葉は、現在『法句経(ダンマパダ)』として伝えられています。
ここでは、その永遠の真理を、改めてそのままに刻みつけたいと思います。
「人はただ愛によってのみ憎しみを越えられる
人は憎しみによっては憎しみを越えられない
実にこの世においては怨みに報いるに怨みを以てしたならば、ついに怨みのやむことがない。
怨みをすててこそやむ、これは永遠の真理である。」
二千五百年も前に語られたこの一文が、戦後の混乱のなかで一国の運命を変える鍵となった――。
これほど、智慧の言葉のもつ底力を、私たちに教えてくれる出来事はありません。
個人の人生にも生きる「愛で返す」という選択
仏陀の言葉が照らしてくれるのは、決して国家や戦争という大きな舞台だけではありません。
私たち一人ひとりの、日常の人間関係のなかにも、まったく同じ真理が静かに働いています。
誰かに傷つけられたとき、つい同じだけのものを返したくなる気持ちは、人として当たり前のものです。
しかし、そこで一度立ち止まり、
「この憎しみを、私はここで止めてみよう」
と決めるとき、私たちは無意識のうちに、ジャヤワルダナ氏や仏陀と同じ霊的な系譜に立つことになります。
そしてそれは、決して弱さではなく、もっとも強く、もっとも気高い魂の選択なのです。
今日からできる、「愛で返す」三つの小さな実践
では、この大いなる教えを、日々の暮らしのなかでどう生かしていけばよいのでしょうか。
三つだけご紹介します。
1.即座に返さない
誰かの言葉や態度に傷ついたとき、すぐに反撃しないで、ひと呼吸置いてみる。
その「ひと呼吸」のなかに、愛で返すための余白が生まれます。
2.「相手にも事情がある」と仮に思ってみる
たとえ事実とは違っていても構いません。
「あの人にも、見えない事情があるのかもしれない」と仮に思うことで、心の硬さがほどけていきます。
3.自分のなかの平和から始める
相手を変えようとする前に、自分自身の呼吸を整え、肩の力を抜く。
それだけで、自分の周囲に流れる気が、ふっと優しくなっていきます。
まとめ|スリランカと日本、そして私たち
日本とスリランカは、距離のうえでは決して近くない国同士です。
それでも、深いところで霊的に繋がっている――そう感じさせてくれる物語のひとつが、ジャヤワルダナ氏と仏陀の言葉が織りなした、あのサンフランシスコでの一夜です。
もし機会があれば、スリランカという国に、心の中でそっと感謝を捧げてみてください。
そして、私たち一人ひとりが、自分の日常のなかでもまた、「怨みを止め、愛で返す」という小さな選択を積み重ねていく――。
それこそが、ジャヤワルダナ氏と仏陀の智慧に対する、いちばんふさわしいお返しなのではないかと、私は感じています。
どうか今日も、誰かを赦し、自分自身を赦し、世界に向かってひとつぶんだけ多くの愛を返していかれますように。
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