毎日なにげなく使っている日本語の中に、じつは深い霊的な意味が隠されていることをご存じでしょうか。
今日は、「あいうえお」という五十音そのものに込められた、日本人の心の真意についてお話ししてみたいと思います。
「あ」から「わ」へ、あわ路という名の道
日本語は、「あ行」のあから始まり、「わをん」のわ行で終わります。
つまり日本語は、「あ」から「わ」へと通じていく一本の路だと言えます。これをつなげると「あわ路」となり、日本神話で最初に生まれた島である淡路島と、同じ響きになるのです。
日本神話では、伊邪那岐尊と伊邪那美尊という男女の二神が、まだ混沌としていた大地に天沼矛という大きな矛を差し入れ、かき回しました。その矛先から滴り落ちた塩のしずくが固まって、最初の島である淡路島ができたと伝えられています。言葉のはじまりと、国のはじまりが、同じ「あわ」という音で結ばれているのです。
淡路島と対をなす、あわうみ
そして淡路島と対をなす存在として、琵琶湖があると、以前にお話ししました。
まるで琵琶湖の土をすくって海に投げ入れたら、そのまま淡路島になったかのように、二つはよく似た形をしています。じつはこの琵琶湖も、かつては「あわうみ」と呼ばれていました。淡水の海という意味です。それが滋賀の古い地名である「近江(おうみ)」になったと言われています。
淡路島は本州と四国を結ぶ路のように横たわり、琵琶湖は本州の中にたたえられた淡水の海。どちらも「あわ」から始まる土地であることに、私は深い意味を感じます。国生み神話と淡路島・琵琶湖の相似とあわせて味わうと、いっそう不思議さが増していきます。
「あ」はあなた、「わ」はわたし
では、「あ」と「わ」には、どんな意味が込められているのでしょうか。
「あ」というのは、「あなた」を指す言葉です。相手を示す音が、いちばん最初に出てきます。いっぽう「わ」は、「わたし」を示す言葉です。日本語では、自分を表す音が、いちばん最後に置かれています。
ここには、相手のことを先に立て、自分のことは後回しにしようという、奥ゆかしい思想が込められているように感じます。日本人は古くから、自分を声高に主張することを好まず、まわりの皆との調和を何より大切にしてきました。
愛にはじまり、恩にかえる言葉
その調和こそが、「和」です。
「和」もまた「わ」に通じています。わたしという角を丸め、皆で手をつないで円を描き、輪になること。それが「和」なのです。そして日本語は、「あい(愛)」で始まり、「わをん」の「おん(恩)」で結ばれます。愛にはじまり、恩にかえっていく。それが日本語という言葉の歩みです。
「あ=あなた」と「わ=わたし」が、ことばという路で結ばれ、和となって調和を築いていく。これが、日本語に秘められた真意のひとつです。私たちは、こんなにも美しい思いの宿った言葉を、毎日使わせてもらっているのです。そう気づくと、一つひとつの言葉を、もう少していねいに口にしたくなってきます。
言葉と神話に息づく日本の心は、古代文明・神話・日本の霊的起源 完全ガイドの中でさらにひろがります。


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