今朝6時20分、石川県の羽咋市、志賀町、宝達志水町、中能登町、そして富山県氷見市に大雨特別警報が発表されました。
警戒レベルでいえば5、命を守るための行動をとる段階です。気象庁は「すでに何らかの災害が発生している可能性が高い」と伝えています。
いま雨の下にいる方が、どうか無事でいてほしい。まずはそれを願っています。そのうえで、ここ数日私が感じていたことを書いておきます。今日はまさにその記事を書こうとしていた朝でした。現実のほうが、私の原稿より先に動いてしまったのです。
午前4時40分には、気象庁が「今後3時間以内にさらに線状降水帯が発生するおそれ」を発表しました。1時間に約100ミリという猛烈な雨も観測されています。1時間100ミリは、傘がまったく役に立たない量です。前が見えなくなり、道路の排水も追いつかず、平らな土地でも水が溜まりはじめます。そこから2時間足らずで特別警報に至りました。
能登は、一昨年の元日に大きな地震を受けた土地でもあります。斜面はまだ緩んだままで、応急の工事を終えていない場所も残っている。同じ雨量でも、崩れる方向に働く力が以前より強い。そこが今回いちばん心配なところです。
そのうちの一方、房総に大きな水が来たのが今月13日から14日にかけてでした。千葉市の中央区で341.5ミリ、佐倉市で227.0ミリ、茂原市で226.5ミリ。ウェザーニューズが集めた浸水の報告は、およそ2万件にのぼります。
千葉で起きたのは、大きな川があふれる前に、街の側で水が行き場を失う型の水害でした。1時間に100ミリを超える雨が降ると下水道が処理しきれなくなり、道路や敷地に水が溜まりはじめます。川から遠くても、坂の下や地下は水が集まる場所になる。今朝の能登と氷見で降っているのも、同じ量の雨です。
昨夜、北陸の雨の予想を見たときに胸が騒ぎました。数字そのものより、場所です。片方の手が濡れた月に、もう片方の手へ同じ形の雨雲が向かっている。今日はその対になる能登も水害に気をつけてほしい、という記事を書くつもりで朝を迎えました。開いた画面には、もう特別警報が出ていました。
霊的に見ると、龍の体は水の通り道でもあります。手のひらは、水がいちばん溜まりやすく、いちばん先に冷える場所。二つの半島が続けて水を受けたことに、私はどうしても意味を感じてしまいます。
怖がりすぎる人は動けなくなります。怖がらない人は動きません。どちらも結局、同じ場所にとどまってしまう。ちょうどよく怖がった人だけが、荷物をまとめて階段を上がる。九十年前の言葉が、今朝の能登にそのまま届く気がしています。
老子は「天下に水より柔弱なるはなし、しかも堅強を攻むるもの、これに能く勝るはなし」と書きました。水ほど柔らかいものはないのに、硬く強いものを崩すことにかけて水にかなうものはない、という意味です。柔らかいから侮ってしまう。その油断が、いつも被害を大きくします。
大雨の器そのものが、私たちが子どもだった頃より一回り大きくなっているのは数字が示しています。かつて数十年に一度と呼ばれた雨が、毎年どこかで降っている。であれば、備えのほうを一段引き上げておくのが理にかなっています。玄関に置いておく靴、車の給油の目安、寝る部屋の位置。そのくらいの小さな調整で、生き延びる確率は確かに上がります。
龍の体という見方は、地図の上の遊びではありません。この国が一つの生きものだと思えたとき、遠い土地の雨が他人事でなくなる。能登に降っている雨は、私たちの手に降っている雨です。千葉のときに助け合った人たちが、今日は北陸へ心を向けている。その連なりこそが、龍の体に血を通わせるものだと私は思っています。
今日はどうか、無理をしないでください。仕事に行けなくてもいい。約束を破ってもかまいません。あとから笑い話にできるほうを、迷わず選んでください。雨は必ずやみます。やんだあとの朝に、あなたがそこにいてくれることのほうが、私にはずっと大切です。能登と氷見の無事を祈っています。
↓一日一回のクリックが、このブログの灯を守ってくれますいま雨の下にいる方が、どうか無事でいてほしい。まずはそれを願っています。そのうえで、ここ数日私が感じていたことを書いておきます。今日はまさにその記事を書こうとしていた朝でした。現実のほうが、私の原稿より先に動いてしまったのです。
今朝、能登で起きていること
ことの始まりは未明でした。27日の午前2時58分、富山県西部と石川県の加賀、能登に線状降水帯の発生が伝えられます。発達した雨雲が同じ場所へ次々と流れ込み、列をなしたまま動かなくなる現象です。3時間で150ミリ近い雨が降ったとみられています。午前4時40分には、気象庁が「今後3時間以内にさらに線状降水帯が発生するおそれ」を発表しました。1時間に約100ミリという猛烈な雨も観測されています。1時間100ミリは、傘がまったく役に立たない量です。前が見えなくなり、道路の排水も追いつかず、平らな土地でも水が溜まりはじめます。そこから2時間足らずで特別警報に至りました。
能登は、一昨年の元日に大きな地震を受けた土地でもあります。斜面はまだ緩んだままで、応急の工事を終えていない場所も残っている。同じ雨量でも、崩れる方向に働く力が以前より強い。そこが今回いちばん心配なところです。
龍の両手が、続けて濡れた
以前、日本列島を一体の龍と見たときの話を書きました。九州から東北へ長く伸びる胴、その途中から左右に張り出す二つの半島。能登半島と房総半島です。地図を回して眺めると、この二つは驚くほど似た形をしていて、しかも同じあたりから同じように突き出している。私自身はこれを、龍の左右の手として見てきました。そのうちの一方、房総に大きな水が来たのが今月13日から14日にかけてでした。千葉市の中央区で341.5ミリ、佐倉市で227.0ミリ、茂原市で226.5ミリ。ウェザーニューズが集めた浸水の報告は、およそ2万件にのぼります。
千葉で起きたのは、大きな川があふれる前に、街の側で水が行き場を失う型の水害でした。1時間に100ミリを超える雨が降ると下水道が処理しきれなくなり、道路や敷地に水が溜まりはじめます。川から遠くても、坂の下や地下は水が集まる場所になる。今朝の能登と氷見で降っているのも、同じ量の雨です。
昨夜、北陸の雨の予想を見たときに胸が騒ぎました。数字そのものより、場所です。片方の手が濡れた月に、もう片方の手へ同じ形の雨雲が向かっている。今日はその対になる能登も水害に気をつけてほしい、という記事を書くつもりで朝を迎えました。開いた画面には、もう特別警報が出ていました。
霊的に見ると、龍の体は水の通り道でもあります。手のひらは、水がいちばん溜まりやすく、いちばん先に冷える場所。二つの半島が続けて水を受けたことに、私はどうしても意味を感じてしまいます。
正当にこわがるということ
物理学者の寺田寅彦が、浅間山の小さな噴火に居合わせたときの随筆にこんな一節を残しています。「ものをこわがらな過ぎたり、こわがり過ぎたりするのはやさしいが、正当にこわがることはなかなかむつかしい」。1935年の文章です。怖がりすぎる人は動けなくなります。怖がらない人は動きません。どちらも結局、同じ場所にとどまってしまう。ちょうどよく怖がった人だけが、荷物をまとめて階段を上がる。九十年前の言葉が、今朝の能登にそのまま届く気がしています。
老子は「天下に水より柔弱なるはなし、しかも堅強を攻むるもの、これに能く勝るはなし」と書きました。水ほど柔らかいものはないのに、硬く強いものを崩すことにかけて水にかなうものはない、という意味です。柔らかいから侮ってしまう。その油断が、いつも被害を大きくします。
いま、雨の下にいる方へ
- 暗い時間や、水が流れている道を歩いて避難所へ向かわないでください。膝の高さの流れでも人は倒れます。外が危ないと感じたら、家の2階や、崖から離れた側の部屋へ移ってください
- アンダーパスと地下の駐車場には近づかない。車で入ってしまうと、水位が上がってからでは扉が開きません
- ハザードマップで白かった場所も安全とは限りません。千葉の豪雨では、浸水被害の55.7パーセントが浸水想定区域の外で起きています
- 特別警報が解除されても、しばらくは山ぎわに近づかないでください。地面に染みた水が動き出すまでには時間差があり、雨がやんだ翌日に崩れることがあります
- 離れて暮らす家族が能登や氷見にいるなら、今日のうちに一度声を聞いておく。回線が混み合う前が確実です
これから、どう備えておくか
避難の判断は、水が足元に来てからでは遅れます。膝まで浸かってしまうと、大人でも扉を押し開けられません。まだ玄関から普通に出られるうちが、動ける時間です。ためらう理由が「たいしたことにならないかもしれないから」なのだとしたら、それは動いていい理由のほうに数えてください。大雨の器そのものが、私たちが子どもだった頃より一回り大きくなっているのは数字が示しています。かつて数十年に一度と呼ばれた雨が、毎年どこかで降っている。であれば、備えのほうを一段引き上げておくのが理にかなっています。玄関に置いておく靴、車の給油の目安、寝る部屋の位置。そのくらいの小さな調整で、生き延びる確率は確かに上がります。
龍の体という見方は、地図の上の遊びではありません。この国が一つの生きものだと思えたとき、遠い土地の雨が他人事でなくなる。能登に降っている雨は、私たちの手に降っている雨です。千葉のときに助け合った人たちが、今日は北陸へ心を向けている。その連なりこそが、龍の体に血を通わせるものだと私は思っています。
今日はどうか、無理をしないでください。仕事に行けなくてもいい。約束を破ってもかまいません。あとから笑い話にできるほうを、迷わず選んでください。雨は必ずやみます。やんだあとの朝に、あなたがそこにいてくれることのほうが、私にはずっと大切です。能登と氷見の無事を祈っています。
応援いただいたあなたに、幸せが届きますように祈ります
このブログでお伝えしているのは、魂の旅路への入口となる話です。
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