ホルムズ海峡が再び閉じ、私たちの暮らしはどう変わるのか

2026年7月19日日曜日

アースチェンジ 国際政治 時事問題


7月19日現在、ホルムズ海峡をめぐる情勢はまた一段と激しくなっています。
米軍は三日続けてイランへの空爆をおこない、イラン側は海峡で大型タンカー二隻を攻撃し、クウェートやバーレーンの米軍施設へミサイルとドローンを撃ち込みました。

17日にはクウェートの淡水化プラントと発電所まで標的になっています。

トランプ大統領は、イランが交渉に戻らなければ来週にもイランの発電所や橋を叩くと警告しました。

海峡が閉じているかどうかは、じつは国によって言い分が食い違います。

イランは封鎖を宣言し、アメリカは自由な航行は保たれていると主張する。

ただ現場では、保険料の急騰と攻撃の危険を前に、多くの船会社が通航を見合わせています。

ふだんなら一日100隻を超える船が行き交う海峡で、7月10日から12日の通航は一日30隻前後まで落ち、封鎖が宣言された12日はわずか11隻。

なかでも規則に沿って石油やLNG(液化天然ガス)を運ぶタンカーは、三日間で10隻ほどしか湾内に入れていません。

一日あたり数隻という細さです。

閉鎖という言葉が正しいかはともかく、実質的にはほとんど動いていないに等しいのが実態です。

原油価格も跳ね上がりました。

指標となる北海ブレントは一時1バレル85ドル近くまで上がり、6月半ば以来の高値をつけています。

もっとも、日本の店頭価格は今のところ極端には跳ね上がっていません。

政府がガソリンや電気・ガス代への補助を続け、値上がりの角を削っているからです。

ただ、その下支えがいつまで、どこまで効くのかは、この先の海峡しだいでしょう。

では、この細い海の道でいったい何が起きているのか。

そして私たちの生活はこれからどうなっていくのか。

順を追って見ていきます。

なぜホルムズ海峡はこれほど重いのか

ホルムズ海峡は、ペルシャ湾とインド洋をつなぐ細い出口です。

ここを世界の原油とLNGの約2割が通り抜けています。

中東で汲み上げられた石油の多くが、この一本道を通ってアジアやヨーロッパへ運ばれていく。

だから海峡の通航が細るだけで、地球の裏側の燃料の値段まで動きます。

油田という蛇口そのものは無事でも、そこから伸びるホースの根元をつままれた状態、と言えば近いでしょうか。

世界はもう「備蓄を取り崩す段階」にいる

危機が始まって、すでに五か月近くが過ぎました。

この間、各国は非常用のたくわえを放出しながら供給をつないでいます。

3月には国際エネルギー機関(IEA)の加盟国が、最大4億バレルという史上最大の協調放出に踏み切りました。

これは加盟国全体の備蓄のおよそ2割にあたります。

ビロル事務局長によれば、7月半ばの時点でも全体ではまだ8割ほどが残っているとされます。

ただ、この数字を「まだ余裕がある」と読むのは危うい。

放出は今も週ごとに続いていて、残量は日に日に目減りしています。

しかも8割はあくまで加盟国をならした平均で、国ごとの実情はかなり違う。

次に見るアメリカのように、すでに底が見えはじめた国もあるのです。

備蓄とは、そもそも短い期間の供給トラブルをしのぐための非常用のたくわえです。

何年も出し続けることは、はじめから想定されていません。

長引くほど、いざという時の各国の余力は削られていきます。

なぜ五か月も持ちこたえられたのか

IEAのビロル事務局長は、世界が大混乱に陥らずに済んだ理由を四つ挙げています。

ひとつ目は、中国が危機の前に10億バレルを超える石油をためこんでいたこと。

ふたつ目は、その中国でEVや公共交通が広がり、石油そのものの消費が減っていたこと。

三つ目が、さきほどふれた史上最大の備蓄放出。

そして四つ目が、アメリカの増産でした。

ただしビロル氏は、どれも永遠には続けられないと釘を刺しています。

アメリカの増産にしても、日量で100万、200万バレルを上乗せするのが精一杯で、失われた分をそっくり埋める1000万バレルにはとても届きません。

世界最大の産油国さえ、たくわえを削っている

その足元を、ある数字がはっきり映し出しています。

アメリカの戦略石油備蓄(SPR)は、7月10日の時点で約3億1,650万バレル。

1983年以来の低い水準まで減りました。

3月には約4億1,500万バレルあったので、この危機だけで9,900万バレルほどを吐き出した計算になります。

世界一の産油国でさえ、たくわえを取り崩しながら日々をしのいでいる。

これが今の現実です。

日本はどこまで耐えられるのか

日本は国と民間を合わせ、制度のうえでは200日分前後の石油をたくわえているとされます。

心強い数字に見えますが、これは平時の輸入量を前提にしたもので、すべてを自由に市場へ出せるわけではありません。

しかも日本が買う原油の大半は中東産で、その多くがまさにホルムズ海峡を通っていく。

備蓄が残っていても、運賃や保険料の高騰、買い先の切り替えといった負担は避けられないでしょう。

「あと何か月持つのか」に答えはあるのか

よく聞かれるのが、世界の備蓄はあと何か月持つのか、という問いです。

正直なところ、この問いにきれいな答えは出せません。

備蓄は世界の需要をまるごと賄うためではなく、足りない分だけを埋めるために使うものだからです。

持ちこたえられる長さは、ホルムズ海峡がどれだけ通れるのか、ほかの地域がどれだけ増産できるか、世界の景気がどこまで冷え込むか、各国が省エネをどこまで進めるか、この四つの綱引きで大きく変わります。

「あと◯か月」と言い切れないのは、ごまかしではなく、それが正確だからです。

もう一つの火種、紅海のバブ・エル・マンデブ

危機の芽は、ホルムズだけではありません。

紅海の入り口、バブ・エル・マンデブ海峡にも火がつきかけています。

ロイターなどの報道によれば、イランは、もしアメリカが自国の電力インフラを叩いた場合、イエメンのフーシ派と手を組んでこの海峡を封鎖する構えを見せています。

フーシ派はすでに紅海の船を狙えるミサイルやドローンを配備し、命令を待っている状態だといいます。

さきほどのトランプ大統領による「来週にも発電所を叩く」という警告と、イランが掲げる封鎖の条件は、そのまま裏表の関係です。

片方の引き金が、もう片方の引き金を引く。

もしホルムズに加えてバブ・エル・マンデブまで塞がれれば、アジアとヨーロッパを結ぶ大動脈が同時に締め上げられます。

多くの船はアフリカ南端の喜望峰まで大きく迂回するしかなくなり、輸送日数は10日から20日ほど延びる。

運賃も保険料も、もう一段跳ね上がるでしょう。

二つの細い海峡が、世界の物流をまとめて人質に取る形になりかねません。

封鎖が長引くと、暮らしはこう変わっていく

この状態が数か月の単位で続いたら、私たちの生活には何が起きるのか。

過去のオイルショックと今の物流の仕組みから考えると、影響は段階を追って深まっていきます。

最初に動くのは金融市場です。

原油と天然ガスの値段が跳ね、海上保険料とタンカー運賃が急騰し、円にも安くなる圧力がかかる。

ここまでは、まだ多くの家庭の実感には届きません。

次に、燃料の値段として表に出てきます。

石油元売りは備蓄を放出しますが、新しい原油が入ってこない不安は消えない。

ガソリンや軽油、航空燃料、そしてプラスチックの原料まで、じわじわ上がりはじめます。

さらに進むと、企業の活動そのものが重くなります。

運送、漁業、農業、建設、航空。

燃料費が利益を削り、その分は運賃や宅配料金、航空券の値上げとなって私たちに回ってくる。

やがて食卓に届きます。

農業は、肥料も農薬もビニールもトラクターの燃料も、石油をたっぷり使う仕事です。

だから野菜や肉、牛乳や卵が、少しずつ値を上げていきます。

もっと長引けば、ものづくりの土台が揺らぎます。

樹脂や合成ゴム、接着剤、半導体の材料、薬の原料が足りなくなりはじめ、車や家電の生産にまで影を落としかねません。

そしてここまで来ると、世界経済そのものが姿を変えます。

景気の後退、長引く物価高、各国の利上げや財政出動、株安、倒産や失業の増加。

1973年の第一次オイルショックでも、原油の急騰が世界的なインフレと不況を呼びました。

今の世界は当時よりもずっと深く絡み合っているぶん、物流と製造と金融への波及は、あのときより入り組んだものになるかもしれません。

日本で見れば、痛みはおおむねこの順にあらわれます。

まずガソリンと軽油。

続いて電気とガスの料金。

そこから食料品、宅配や運送費、航空運賃、日用品へと広がり、自動車や住宅の価格にまで及んでいく。

問題は「価格」から「配分」へ移っていく

IEAがいちばん恐れているのは、備蓄を出せば片づく、という段階ではなくなることです。

この状態がさらに数か月続けば、追加で放出できる余力はじわじわ細り、原油の高値は居座り続けます。

輸送コストの上昇は食品や日用品にまで染み出し、物価高が長引いていく。

そして最後に待つのは、もっと重い選択です。

各国の政府は、値段を抑えることよりも、限られた燃料をどこへ回すかを考えざるをえなくなる。

発電、医療、消防、警察、公共交通、物流。

社会を回すために欠かせない場所へ、燃料を優先して届ける政策へと舵を切るかもしれません。

そのとき問題は、もう原油がいくらか、ではありません。

残った燃料をどこへ届けるか、という安全保障の問いに変わっています。

まとめ

ホルムズ海峡の危機は、一時的な市場のざわつきをとうに超えました。

しかも危機は今、時間の面でも地理の面でも広がろうとしています。

長引けば影響は段階を追って暮らしの奥まで届き、バブ・エル・マンデブまで巻き込めば、二つの海峡が同時に世界の物流を締め上げる。

今は各国が非常用のたくわえを削って、なんとか供給をつないでいる局面です。

IEA全体では、7月半ばでもまだ8割ほどの備蓄が残っているとされます。

それが事実としても、その残量は毎週すこしずつ減り続けていますし、アメリカのように早くも1983年以来の低さまで落ち込んだ国もあります。

8割という平均は、そのまま安心の根拠にはなりません。

備蓄は時間を稼ぐ道具であって、危機そのものを解く鍵ではないからです。

焦点はもう、備蓄の残量ではありません。

ホルムズ海峡の通航がいつ戻るのか。

各国が調達先を散らし、需要を抑える工夫をどこまで進められるのか。

世界経済は今、大きな分かれ道に立っています。

その影響はエネルギーだけでなく、物流にも、食べ物にも、物価にも、そして私たちの毎日の暮らしにまで及んでいきます。

最後に、少しだけ視点を変えさせてください。

こうしたニュースを前にすると、胸のあたりがざわつくのは自然なことです。

遠い海峡のできごとが、明日のガソリンや食卓につながっていると知れば、なおさら心細くなります。

けれど、こういう時ほど思い出したいことがあります。

私たちが本当に手放したくないものは、たぶん備蓄の残量ではありません。

大切な人と囲む食卓のあかりであり、夜に安心して眠れる部屋のぬくもりです。

エネルギーとは、突きつめれば誰かの暮らしを照らす力のことです。

世界がその配り方をめぐって揺れている今、自分は何を照らして生きたいのか。

その問いだけは、誰にも奪えません。

答えの出ない海峡のニュースに向き合うとき、その問いが、私たちの足元をそっと照らしてくれるように思います。

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