私たちは生きる中で、悩みや苦しみに直面します。
しかし、その苦しみを本当に生み出している「正体」を見失ってしまうことがあります。
その正体とは――”自我(エゴ)”です。
自我がもたらす分離と苦しみ
自我とは、私たちが肉体を持ち、この地上で生きるためにまとう「鎧」のようなものです。
自我があることで、私たちは外界から身を守り、生存を可能にします。
しかし、その自我は「私」と「他者」とを分け隔て、魂を孤独の牢獄に閉じ込めてしまいます。
本来は必要な防御の仕組みですが、その働きが強くなりすぎると、かえって私たちを苦しめる元となってしまうのです。
苦しみを増やす自我の働き
自我は自分を守るために、責任を回避し、言い訳をつくり出します。
たとえば、人生がうまくいかない時、真実は自らの選択や行動に原因があっても、痛みを避けたいがために「親のせい」「社会のせい」と外に責任を押し付けます。
しかし、この逃避が続く限り、課題は克服されず、同じ問題が繰り返し訪れ、ますます苦しみを深めてしまうのです。
さらに、自我は守るだけでなく、攻撃を仕掛けることさえあります。
自分のプライドが脅かされそうになると、相手を悪く言ったり、排除しようとしたりします。
しかし、その攻撃は必ず反作用を生み、やがて自分自身に返ってきます。
硬い殻を持ちすぎて脱皮できなくなる蟹のように、自我が強固になりすぎれば、魂の成長を妨げ、苦しみの牢獄となってしまうのです。
自責の念というもう一つの罠
自我はときに他者を責めるだけでなく、反対に「自分を責める」方向に働くこともあります。
たとえば、子どもが親や先生から厳しく責められ続けると、やがて「自分が悪いからだ」と思い込み、自責の念に囚われます。
これは、相手に抵抗すればさらに傷つけられるため、むしろ「自分が悪い」と思い込むことで心を守ろうとする、自我の苦しい防衛のかたちなのです。
しかし、この自責の念に囚われ続けると、心は萎縮し、自己否定が習慣化してしまいます。
それはまた別の苦しみを呼び寄せ、不幸の連鎖を作り出すのです。
真実の自己への目覚め
私たちが気づくべきことは、この「自我」は本来の自分ではない、ということです。
自我はただの仮面であり、魂の本質ではありません。
私たちの奥には、神性・仏性と呼ばれる「光の自己」が眠っています。
それは傷つくことなく、攻撃もせず、愛と調和そのものである存在です。
自我の働きに気づき、それを「本当の自分」だと思わなくなったとき、苦しみは溶けはじめます。
言い訳や責任転嫁、自責や攻撃――それらが自我の防衛反応にすぎないと理解できたとき、私たちは殻を脱ぎ、真実の自己に近づけるのです。
終わりに ― 苦しみを超える魂の旅
苦しみとは敵ではなく、魂が目覚めるための教師です。
自我が生み出す幻想を超えたとき、私たちは「愛と光の自己」に気づきます。
そこには分離も孤独もなく、ただ「一つである」という大いなる真実が広がっています。
苦しみを通して、自我を超える。
その道の先に、魂の自由と解放が待っているのです。
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