道の途中で立ち止まってしまうことが、誰にでもあります。これでいいのだろうか、別の選び方があったのではないか。そう考え始めると足が前に出なくなり、気づけば同じ場所をぐるぐると回っている。今日は、そんなふうに迷いの中にいるあなたに、ひとつのことをお伝えしたいと思います。あれこれ思い悩むよりも、ただ真っ直ぐに歩いていくこと。それだけで、見えなかったものが見えてきます。
真っ直ぐに歩むというのは、特別な才能のことではありません。今日やるべきことを誠実にやる。目の前の人に丁寧に向き合う。乱れた身の回りを整える。そういう地味な一歩の積み重ねを指しています。派手さはないけれど、この歩き方をしている人のところには、いつのまにか道がはっきりと姿を現します。
なぜ迷うと目標を見失うのか
迷いというのは、心の視線がいくつもの方向に分かれている状態です。あちらの道も気になる、こちらの可能性も捨てがたい。そうやって意識が散らばっているとき、人は一番大切なものを見つめる力を失います。望遠鏡をのぞきながら手元を小刻みに動かし続けたら、遠くの星は決して像を結びません。心も同じです。揺れているあいだは、目標がぼやけたままになる。
森の中で迷った人が抜け出せなくなるのも、同じ理由からです。不安になって右へ左へと歩き回るほど、自分がどこにいるのか分からなくなる。本当は、ひとつの方向を決めて真っ直ぐ進み続けることが、森を出る一番確かな方法なのです。多少その道が遠回りに見えても、迷いながら円を描き続けるよりずっと早く外に出られます。立ち止まって悩む時間より、まっすぐ進む時間のほうが、あなたを前へ運んでくれます。
真っ直ぐ歩むとは、どう生きることか
では、真っ直ぐ歩むとは具体的にどう生きることでしょう。私は、三つの場面を思い浮かべます。ひとつは、結果がすぐに出ない仕事を投げ出さずに続けること。芽が出る前の地中の時間を、信じて耕すこと。ふたつめは、人に対して裏表をつくらないこと。陰で言うことと面と向かって言うことを一致させると、心の中に余計な迷路が生まれません。三つめは、小さな約束を守ること。自分との約束も、人との約束も。
こうした生き方には共通点があります。どれも、心と行いがずれていないのです。思っていることと、やっていることが一本につながっている。この一本のつながりこそが、真っ直ぐということの中身です。誠実さとは、難しい徳目ではなく、内側と外側を裂かないで生きる、その姿勢のことだと私は考えています。
心が真っ直ぐなら、見えざる支援が加わる
そして、ここからが大切なところです。あなたの心が真っ直ぐであるとき、目に見えない支援の力が静かに加わります。あなたを見守る存在は、いつもそばにいます。けれど、その手助けは、心がいくつもの方向に揺れている人には届きにくい。なぜなら、支援とは追い風のようなものだからです。船が一方向に進もうとしているとき、追い風は大きな力になります。けれど船首がくるくる回っていたら、同じ風もただ船をもてあそぶだけになってしまう。
あなたが腹を決めて一歩を踏み出すと、その方向に向けて見えざる支援が働き始めます。ふとした出会い、思いがけない助言、ちょうど良いタイミングで開く扉。それらは偶然のように見えて、真っ直ぐ進もうとするあなたの意志に呼応して起きています。だから恐れずに前を向いてください。あなたは決してひとりで歩いているのではありません。見守る存在が、同じ歩幅で、ともに歩いてくれています。そのことを思い出すたび、足どりは少し軽くなるはずです。
今日からできること
一つ、今日やるべきことを一つだけ選ぶ。あれもこれもと広げず、目の前の一つを決めて、それを誠実にやり切ってください。
二つ、迷ったら進む方向を仮に決める。完璧な答えを待たず、まずひとつの道を選んでみる。歩き出してから見えてくるものがあります。
三つ、心と言葉をそろえる。陰で言うことと面と向かって言うことを一致させると、心の迷路が一本の道になります。
四つ、身の回りを一か所だけ整える。机の上でも引き出しでも構いません。外側を整えると、内側の迷いも不思議とほどけていきます。
五つ、見守る存在に心の中で語りかける。ひとりではないと思い出すだけで、次の一歩を踏み出す勇気がわいてきます。
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