「きみと死のうと思ったんだ」幼い娘と心中を考えた父の物語と、いま苦しいあなたへ

2023年12月27日水曜日

紹介 真理

「きみと死のうと思ったんだ」幼い娘と心中を考えた父の物語と、いま苦しいあなたへ

ある日、車のなかで何気なくつけていたラジオから、ひとつの実話が流れてきました。

放送作家の橋本昌人さんが紹介していた、ある父親から娘へのラブレターの物語です。

聞き流すつもりでいたのに、気づけば胸の奥をつかまれていました。

のちに、この実話と同じ題材を歌った楽曲「きみと死のうと思ったんだ」があると知り、改めて深く考えさせられたのです。

幼い子を抱えた親が、それでも生きる側へと踏みとどまる。

そこには、私たちが魂として生まれてきた理由が、そっと示されているように思えてなりません。

この記事では、橋本さんが語った物語の輪郭を私の言葉でお伝えしながら、なぜこれほど心が動くのか、その正体をたどっていきます。

そして、いま胸が重くてたまらないあなたへ、私なりの言葉も最後に添えました。

「きみと死のうと思ったんだ」のもとになった父親の実話

橋本さんが紹介していた父親は、妻を交通事故で突然に亡くしました。

娘さんがまだ六歳のときの出来事です。

悲しみに沈み、心が参ってしまったお父さんは、生きる力を少しずつ失っていきました。

誰にも本音を打ち明けられないまま、苦しさだけが胸の底にたまっていったのでしょう。

そしてある日、もう幼い娘を連れて妻のあとを追おう、という考えにとらわれてしまいます。

最後の日にしようと、家族でよく出かけた遊園地へ、娘さんと二人で向かいました。

娘さんは何も知らず、無邪気にはしゃいでいます。

その笑顔がまぶしいほどに、お父さんの胸は締めつけられたといいます。

「もう、お母さんのところに行こ」の小さな声

やがて乗り物を降りてきた娘さんが、お父さんと手をつなぎ、こうつぶやいたそうです。

「もう、お母さんのところに行こ」

幼いながらに、お父さんが何をしようとしているかを、娘さんは感じ取っていたのですね。

その小さな声で、お父さんはハッとわれに返りました。

お母さんが悲しむよ、とお父さんが返すと、葬式以来ひと粒も泣かなかった娘さんが、せきを切ったように泣きだしたといいます。

押し込めていた悲しみが、ようやく外へあふれ出した瞬間だったのでしょう。

それから月日が流れ、結婚をひかえた娘さんへ、お父さんは一通の手紙をつづりました。

いつか孫が生まれたら、みんなであの遊園地へ行こう。

お母さんのぶんも入場券を買って、いっしょに笑おう。

そう書き残して、お話は結ばれます。

感動できる心は、私たちが魂であることの証

このお話に触れて、涙がにじんだ方も多いと思います。

楽曲「きみと死のうと思ったんだ」を聴いて胸を熱くした方も、きっと同じ場所に立っているはずです。

私は、その涙にこそ大切な意味があると考えています。

人がこうした物語に深く動かされるのは、私たちが単なる物質のかたまりではなく、心を持った魂をその本質としているからにほかなりません。

機械は、人間のように本当の意味で感動することがありません。

誰かの悲しみに胸が痛み、見知らぬ親子の物語に涙する。

その力は、目に見えない魂が確かにここにある事実を、私たちにそっと教えてくれます。

涙は内側を洗い流してくれる

心からあふれた涙には、胸のつかえをやわらげ、内側を洗い流すような働きがあります。

悲しみを押し込めて生きてきた方ほど、こうした実話に触れたとき、堰を切ったように涙が出るものです。

その涙は、あなたの内側がふたたび動き出した合図だと受け取ってください。

泣きたいときには泣いていい。

そのことを、どうかご自身に許してあげてほしいのです。

幼い娘が引き戻したのは、未来の時間そのもの

この物語でいちばん胸を打たれるのは、娘さんが本当は何を望んでいたのか、という一点だと私は感じています。

「もう、お母さんのところに行こ」という言葉は、表面だけ読むと、お父さんと同じ方向を向いているように聞こえます。

ところが、その小さな声は、お父さんを行く方向ではなく、踏みとどまる方向へと引き戻しました。

娘さんが心の底から望んでいたのは、お父さんが消えてしまうことでは決してありません。

手をつないだまま、明日も、その先の日々も、ともに生きていくことだったのです。

幼い娘が引き戻したのは、二人で過ごすはずの未来の時間そのものでした。

愛は、ともに生きる方向へも向け直せる

大切な人を巻き込みたくなるほどの強い愛があるのなら、その愛は、ともに生きるという方向へも必ず向け直せます。

愛が消えてしまったわけではありません。

愛を抱えたまま、ただ、いったん力が尽きかけているだけなのだと思います。

ですから「いっしょに消えてしまいたい」という思いは、進むべき道を指し示しているのではありません。

あなたが一人で背負いすぎてきた。

それを知らせる、心からの合図なのです。

いま、消えてしまいたいほど苦しいあなたへ

「きみと死のうと思ったんだ」という言葉に強く胸を打たれた方のなかには、ご自身がいままさに、深い苦しみのただ中にいる方もいるかもしれません。

大切な人を失った悲しみ。

先の見えない不安。

誰にも言えずに抱えてきた孤独。

それらを長いあいだ一人で抱え続けていると、いっそ大切な人と一緒に消えてしまいたい、という考えが胸をよぎることがあります。

もし今あなたがそういう場所にいるのなら、まずお伝えしておきたいことがあります。

その気持ちは、あなたが弱いからでも、ましてや悪いからでもありません。

愛する人を守りたいという思いと、もう疲れ果ててしまったという思いが、苦しさのなかで結びついてしまっただけなのです。

声を受け取ってくれる場所はあります

このお話のお父さんをこの世へ引き戻したのも、難しい理屈ではありませんでした。

幼い娘さんの、たったひとことの声です。

人は、誰かの声がふっと届いた瞬間に、止まっていた時間がまた動き出すことがあります。

だからどうか、その声が届く場所まで、もう一歩だけ足を運んでみてください。

信頼できる人に、今のつらさをそのまま打ち明けてみる。

身近に話せる相手がいなければ、いのちや暮らしの悩みを受け止めてくれる相談窓口があります。

「よりそいホットライン」や「いのちの電話」のような窓口では、電話の声でも、言葉にならない涙だけでも、そのまま受け取ってもらえます。

ひとりで抱えてきた重さは、誰かと半分こにしていいのです。

あなたが今日まで耐えてきたことを、知ってほしいと願う人が、きっとどこかにいます。

残していく者ではなく、ともに生きる者として

このお話のお父さんは、娘さんの言葉でわれに返り、いっしょに生きていく道を選び直しました。

そこから先の人生が、すぐに明るくなったわけではないでしょう。

悲しみを抱えたまま、一日また一日と歩いていったはずです。

それでも気づけば、孫が生まれ、家族そろってあの遊園地へ行こうと書ける日がやってきました。

消えることを選んでいたら、決して訪れなかった景色です。

小さな一歩で十分です

苦しみがすっかり消えるまで待つ必要はありません。

重さを抱えたままでも、人は生きていけます。

そして時間の流れのなかで、その重さは少しずつ形を変えていくものです。

今日できることは、ほんの小さな一歩で十分です。

「つらい」と、たった一人に伝えてみる。

それすら難しければ、相談窓口を調べて画面に表示してみるだけでもかまいません。

その小さな動きが、あなたと、あなたの大切な人の明日を、そっと開いていきます。

あなたが生きていてくれること。

それを願っている人は、あなたが思うよりも、ずっと多くいます。

「きみと死のうと思ったんだ」という言葉に込められた愛が、最後にはともに生きる愛へと姿を変えていく。

そんな転換が、どうかあなたの上にも訪れますように。

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