スピリチュアル系の発信を眺めていると、近年、ある特徴的なメッセージが繰り返し流れています。
「すべての人がすでに神様であり、創造主です」。
「外部に救い主はいません。あなた自身が救世主なのです」。
一見すると、過去の宗教組織が押しつけてきた束縛を解き放つ、自由で前向きなメッセージのように響きます。
けれど霊的な視点からは、この語り口のなかに、闇側が巧妙に仕込んだ偽情報が混ざり込んでいるのが見えます。
今日は、このメッセージの何が問題なのかを、丁寧に解きほぐしていきます。
スピリチュアル界に流布する「みんなが神様」というメッセージ
宇宙からのチャネリングメッセージを発信する場で、近年とくに多く語られているのが、「あなたはもう完全な存在であり、神そのものです」という趣旨の言葉です。
このメッセージは、過去の宗教組織への反発と、個人の力を取り戻したい現代人の欲求にぴたりと重なるため、爆発的に広がってきました。
真摯にスピリチュアルな道を歩んできた方ほど、こうした言葉に心を打たれて受け入れていかれます。
このメッセージの魅力的に見える部分
過去の宗教組織、特に中世のカトリック教会の歴史を振り返ると、信仰を利用して人々を組織に縛りつけ、外部の権威に従わせるという構造が、確かに長らく存在してきました。
今でも一部の宗教では、似た問題が形を変えて残っています。
「外側に救い主がいる」という思考の癖が、ご本人の主体性を奪ってしまうことは、確かに事実です。
そこを突いている部分には、確かに正鵠を射た指摘があります。
だからこそ、この語り口は多くの方の共感を集めるのです。
神性を宿していることと、神そのものであることの決定的な違い
ここからが、もっとも大切な区別です。
確かに私たちは、その本質において、神性や仏性と呼ばれる、神仏と同じ性質を宿した存在です。
このことは、当ブログでも繰り返しお伝えしてきました。
けれど、神性を宿していることと、私たちがすでに神そのものであるということは、まったく違う話です。
「みんなに神性が宿っている」を、「みんなが神様である」と一足飛びに飛躍させること、ここに闇側の罠が仕掛けられています。
ダイヤモンドの原石と、磨かれたダイヤモンド
分かりやすい例えで考えてみてください。
地中に埋まっているダイヤモンドの原石は、確かにダイヤモンドの結晶構造を持っています。
けれど、泥にまみれたままで、誰も「これは美しいダイヤモンドだ」と認めません。
掘り出し、丁寧に泥を拭き、職人の手で何百回と研磨してこそ、ようやくあの輝きが現れます。
私たちの魂もまた、原石としては神性を宿していますが、現状のままで神様と同じ輝きを放っているわけではありません。
泥を拭き、磨き、傷を整える長い長い作業を経て、はじめてその本来の輝きが少しずつ顕れてくるのです。
仏教の「一切衆生悉有仏性」が示す本当の意味
この問題は、目新しいものではありません。
仏教では古くから「一切衆生悉有仏性(いっさいしゅじょうしつうぶっしょう)」、つまり「すべての衆生に仏性が宿っている」という教えがあります。
けれど、その教えに続いて必ず説かれるのは、「だからこそ修行を通じて、その仏性を磨いていきなさい」というメッセージです。
仏性があるからといって、何もせずに私たちが仏様そのものになるわけではありません。
磨かれていない仏性は、たとえ存在していても、ただ眠ったままです。
「みんな神様」論を信じると失うもの
努力と怠惰が同列になる
「私たちはみんなすでに神様である」と認めてしまった瞬間、人生における努力の意味が消えてしまいます。
朝早く起きて修行する人も、一日中怠けて遊んでいる人も、すべてが「同じ神様」として等しく扱われることになります。
これは、地道に魂を磨いてこられた方の歩みを、根本から無効化する論理です。
努力する意味も、精進する意味も、人を救おうとする意味も、すべて霞のように消えてしまいます。
罪と善が区別されなくなる
さらに深刻なのが、罪と善の区別が消えてしまうことです。
「みんなが神様」であるとすれば、誰かを傷つけ続けている人も、誰かを救い続けている人も、本質において等価ということになります。
この論理に従えば、犯罪を犯して平然としている方も、生涯を他者の救済に捧げた方も、霊的にはまったく同じということになってしまいます。
これが、霊性の名のもとで人の良心を麻痺させる、非常に危うい思想です。
真実のなかにわずかな嘘を混ぜる、闇側の手口
闇側がもっとも好む手口は、純粋な嘘を流すことではありません。
9割が真実、1割が嘘という配合のメッセージを送ることです。
「私たちには神性が宿っている」は真実です。
「過去の宗教組織には問題があった」も真実です。
けれど、その真実に紛れ込ませた「だから私たちはすでに神様である」という一足飛びの結論こそが、もっとも巧妙に魂を狂わせる毒となります。
スピリチュアルな受け手ほど、9割の真実に頷くうちに、1割の毒も一緒に飲み込んでしまうのです。
メッセージの真偽を見極める三つの問いかけ
チャネリング情報に触れたとき、ご自分のなかで次の三つを問いかけてみてください。
一つ目、その情報を信じたあと、ご自分の努力する気力は上がるか、それとも下がるか。
二つ目、その情報は、人を傷つけた行為と、人を助けた行為のあいだに、はっきりとした区別を残しているか。
三つ目、そのメッセージを発信している方は、現実世界での実践として、どんな歩みをしてきたか。
三つの問いのどれかで「怪しい」と感じる箇所があれば、その情報からはそっと距離を取ってください。
まとめ|原石を磨く道のりこそが、霊性の本道
私たちは確かに神性を宿した尊い存在です。
同時に、その神性をまだ磨ききっていない、未完成の存在でもあります。
この二つの真実を両方とも抱きしめながら歩いていく姿勢こそが、霊性の本道です。
「すでに完成している」と告げる甘い言葉に酔うのではなく、毎日のなかで原石を一磨きずつ磨いていく。
その地道な営みのなかにこそ、本当の輝きへの道があります。
あなたの神性が、長い時間のなかで美しく磨き上げられていきますように。
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