人間は生きているうちに、さまざまな過ちや時には罪を犯すものです
「自分は罪など犯したことはない」という者は、きっと法律に反することはしていない、あるいは捕まるようなことはしていない、という意味で罪をとらえているのでしょう
しかし、たとえ法律で罰せられなくても、罪は罪です
それは人を害したり、傷つけるような行為や思いを持つことです
人は誰も、生まれてよりこの方、他人を害さずに生きたものはおりません
他人を害さずに生き、ひとりの心を暗くしたり、傷つけなかった者はいないのです
みんな地球に生れ落ちてから、必ず何らかの罪を犯しています
そして、自分の犯した罪に苦しむ者たちがいます
過去に犯した罪を悔い、心をいつまでも痛めてしまう方たちがいます
そうした者たちにお伝えします
「もう自分を許しなさい。そして自分の人生を受けいれ、自分の人生を肯定していきなさい」
きっとお釈迦様やイエス様ならそういうでしょう
神様はけっして人間に完璧な人生を歩むように、強要しているのではありません
完璧な人生を歩むことなど、誰にもできないのです
「自分は完璧だ」というものは、本当の自分が分かっていないだけなのです
完璧を求めるのではなく、過ちを犯したなら悔い改め、過去の自分よりも、よりよい自分になるように生きるのです
他人を肯定するように、自分自身をも肯定していきなさい
過去を十分に反省したならば、そのことはもう神仏の手にゆだね、あとは自分の人生を生きなさい
人間は完璧には作られていません
神仏はそのように人間を作られていないのです
自由が与えられているがゆえに、時には過ちを犯してしまうものです
日々の中で間違いを犯し、失敗を繰り返し、つまづいて生きていくのが人間です
そうした罪な人間であっても、神仏は支えてくださっているのです
もう自分に貼った「罪人」のレッテルをはがし、自分を受け入れて生きてください
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