天罰は本当にあるのか スピリチュアルから見た二つの法則

2016年8月29日月曜日

質問 問答

アンケートでいただいた質問に、今日はお答えしたいと思います。

「仏罰、天罰というものは本当にあるのでしょうか」というご相談です。

私たちが子どもの頃から、悪いことをすると罰が当たる、と聞かされて育った方も多いのではないでしょうか。

その言葉には、どこか不安をかき立てる響きがあります。

けれども、本当のところはどうなのか、落ち着いて考えてみたいと思います。

結論から先にお伝えすると、私はやはり天罰や仏罰と呼ばれるものは有ると考えています。

ただし、ここで少し立ち止まっていただきたいのです。

世間で天罰と一口に言われているものには、性質の異なる二つの種類が含まれているように思います。

その二つを切り分けて理解すると、天罰という言葉が急に怖いものではなくなり、むしろ日々をどう生きるかという指針に変わっていきます。

ひとつめは因果の理法

ひとつめは、人に為したことが自らに帰ってくるという法則です。

これは因果の理法と呼ばれるもので、原因があって結果が返ってくるという宇宙の法則についてのものです。

誰かが裁いて罰を下しているのではありません。

水が高いところから低いところへ流れるのと同じように、ただ法則として発動して、自分自身に返ってくるのです。

この見方をすると、天罰は外から降ってくる災いではなく、自分が蒔いた種が実を結ぶ現象だとわかります。

人を欺けば、欺かれる経験がめぐってきます。

人を思いやれば、思いやられる出来事がめぐってきます。

すぐに返ってくるとは限らず、時間がかかることもありますが、宇宙はとても律儀で、収支を必ず合わせてきます。

天罰とは誰かの怒りではなく、自分が放ったものが静かに自分のもとへ戻ってくる法則です。

そう考えると、この法則はむしろ私たちの味方でもあります。

善きことを為せば、それは決して無駄にならず、必ず良き形で返ってくるからです。

因果の理法は、罰のためにあるのではなく、私たちが正しく成長していけるように働く、公平な仕組みなのだと思います。

ふたつめは神聖な場所をめぐるもの

もうひとつは、神社や仏閣など、神聖とされる場所を冒涜した際に起こるものです。

そうした場所には、土地に関連する霊人や精霊などが関わっています。

失礼な振る舞いをすれば、その存在たちが怒り、何らかの罰のようなものを当てるということがあるようです。

これは因果の理法とは少し性質が異なり、その場に関わる存在の意思が働いているという点に特徴があります。

最近はパワースポットがブームになり、神聖な場所へ出かける方も多くいらっしゃいます。

出かけること自体は、とても良いことだと思います。

ただ、そこで写真を撮ることばかりに気を取られたり、ご利益だけを求めて騒がしく振る舞ったりしていると、その土地に関わる霊人に怒られるということもあるようです。

神聖な場所は、人を楽しませるための観光地である前に、目に見えない存在たちが大切にしてきた領域だからです。

天罰を恐怖ではなく学びとして受け取る

世間で言われる仏罰や天罰は、おそらくこの二種類をひっくるめて語っているのだと思います。

そして大切なのは、この二つを知ったうえで、どう受け取るかという姿勢です。

天罰という言葉を、人を脅すための道具にしてしまうと、私たちはただ怖がって縮こまるだけになります。

それでは何も育ちません。

因果の理法を知るということは、自分の行いひとつひとつが未来をつくっているのだと自覚することです。

神聖な場所への罰を知るということは、目に見えない存在への敬意を思い出すことです。

どちらも、恐れではなく、誠実に生きるための気づきとして受け取ってほしいと願います。

その気づきがあれば、天罰という言葉は、私たちの背筋をそっと伸ばしてくれるものに変わります。

今日からできること

最後に、この話を日々の暮らしに生かすための、小さな実践をお伝えします。

一つ、人に為したことは必ず自分に返ると思い出す。大きな決断の前に、この言葉をそっと心に置いてみてください。

二つ、善きことを惜しまずに為す。因果の法則は善き行いも必ず実らせます。小さな親切を後回しにしないでください。

三つ、神社や仏閣を訪れたら、まず一礼する。その場所を守ってきた存在への挨拶として、静かに頭を下げてみてください。

四つ、神聖な場所では声を落とし、振る舞いを慎む。ご利益を求める前に、訪ねさせていただく側であることを忘れないでください。

五つ、一日の終わりに自分の行いを振り返る。誰かを傷つけなかったか、誠実でいられたか、短い時間で構わないので顧みてください。

むすびに

天罰や仏罰は、私たちを罰するために存在しているのではないと、私は思っています。

因果の理法も、神聖な場所をめぐる働きも、根のところでは、人がまっすぐに生きていけるように整えられた仕組みです。

その仕組みを正しく知れば、もう天罰を必要以上に恐れることはありません。

今日も誠実に、目に見えない存在への敬意を忘れずに過ごしていく。

それだけで、私たちのもとへ帰ってくるものは、おのずと温かいものになっていきます。

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