今日11月6日の東京株式市場で、日経平均株価が一時4300円以上も値下がりしました。
証券アプリを開いた瞬間に、思わず手が止まった人も多いのではないでしょうか。
10時半前には4332円安の5万6745円まで下げ、およそ5か月半ぶりに6万円を割り込んでいます。
きっかけはアメリカの中間選挙で民主党が大勝した事で、AIやデータセンターへの規制が強まり、半導体関連の業績が落ち込むのではないかという見方が一気に広がりました。
前の日のニューヨークでもダウ平均が一時1800ドルを超えて下げていて、その売りが東京にも押し寄せた形です。
こうした日のSNSを眺めていると、私には株価のグラフより、人の心の波のほうが気になります。
霊的に見ると、相場が荒れた日にこそ、その人がお金とどう付き合っているのかが表に出てくるのです。
キオクシアに殺到した個人投資家と急落
今年の相場で象徴的だったのが、半導体メモリ大手のキオクシアです。
AI需要でメモリの値段が跳ね上がり、株価は上場来高値の11万2700円まで駆け上がって、一時は時価総額でトヨタ自動車を抜いて日本一になりました。
その勢いに乗ろうと、個人投資家が次々に買いに入っていきました。
ところが7月に入ってから株価は崩れ始め、高値からわずか1か月で半値以下にまで落ちています。
SNSには、大きな含み損を抱えて眠れない、どうしたらいいのか分からないという悲鳴のような書き込みが並びました。
証券会社には、苦情より、何が起きているのか教えてほしいという相談の電話が相次いだとも報じられています。
上がっている最中には、キオクシアをまるで神様のように持ち上げる投稿がたくさん拡散され、普段は株の話などしない人まで半導体を語り出していました。
相場の世界には、靴磨きの少年が株の話を始めたら天井が近い、という古い話があります。
1929年の大暴落の前に、アメリカの投資家ジョセフ・ケネディが靴磨きの少年から銘柄を勧められ、これは危ないと持ち株を売ったという逸話です。
2000年前後のITバブルでも、社名にドットコムと付くだけで株価が跳ね上がり、テレビや雑誌が連日IT長者を取り上げたあと、アメリカのナスダック指数は2年あまりで8割近くも下げました。
当時その騒ぎを笑っていた人が、今度は自分が当事者になって、同じ場面を見せられても手放せなかったという指摘もあります。
熱狂の真ん中にいると、人は自分だけは大丈夫だと思い込んでしまうものです。
一喜一憂するなら、持ちすぎています
長期で持つつもりだ、インデックスで積み立てているだけだと言いながら、一日や一週間の値下がりで夜も眠れなくなるのなら、それは長期投資ではありません。
自分が耐えられる量を超えて、株を持ちすぎているだけです。
投資は本来、なくなっても暮らしが揺らがない余裕資金でするものです。
生活費や子どもの学費、いざという時の蓄えまで株に替えてしまうと、相場が下がるたびに心まで一緒に引きずり下ろされます。
値下がりで胸がざわつく、何度もアプリを開いて値動きを確かめてしまうというのは、もう持ちすぎていると魂が知らせてくれている合図です。
そう感じたら、損を取り返そうと買い増すより、心が平らでいられる量まで減らすのが筋なのです。
半分に減らしてみて、それでも落ち着かないなら、さらに減らせばいい。
値動きを横目に見ながら笑っていられる量が、その人にとっての本当の持ち分です。
相場がこの先どう動くかは、誰にも分かりません。
上がるか下がるかを当てようとするより、自分の持ち方を整えるほうが、ずっと確かです。
なお、ここでお伝えしているのは心の持ち方の話で、特定の銘柄の売り買いを勧めるものではありません。
NISA貧乏という言葉が映すもの
最近、NISA貧乏という言葉を耳にするようになりました。
NISAの非課税枠を早く埋めようとするあまり、趣味や楽しみを削り、なかには食費や光熱費、病気や災害への備えまで切り詰めて投資に回してしまう状態を指すそうです。
今年3月には国会でも取り上げられ、生活費まで投資に回してしまう事への心配が話し合われました。
背景には、最短で1800万円の枠を埋めるのが正しいといったSNSの極端な言い方や、他人の入金額と自分を比べてしまう心理があると言われています。
将来に備えて資産を育てる事そのものは、悪い事ではありません。
けれども今日の暮らしを犠牲にしてまで将来のお金を積み上げるのは、順番が逆になっています。
霊的に見ると、お金は暮らしと心を支えるための道具であって、魂が仕えるべき主人ではないのです。
将来が不安だから一円でも多く増やしたいという気持ちの奥には、恐れが潜んでいます。
恐れから出たお金の使い方は、どれほど理屈が通っていても、魂を縮こまらせてしまいます。
日経平均が6万円を超えて世の中全体が浮かれていたこの一年、自分の器より多くを投資に回していた人は、少なくなかったのではないでしょうか。
お金の波に飲まれない魂の持ち方
仏教には少欲知足という言葉があります。
欲を少なくして足る事を知るという意味で、お釈迦様が最後に遺された教えのひとつとして伝えられています。
足る事を知っている人は、株価が半分になっても暮らしは崩れませんし、倍になっても舞い上がりません。
相場の熱狂も恐怖も、たくさんの人の念が集まって生まれる大きな波のようなものです。
その波に心ごと乗ってしまうと、上がるときは有頂天になり、下がるときは地獄の底にいるような苦しみを味わいます。
波から一歩離れて眺められる位置に自分を置くには、持つ量を減らすしかありません。
不安で何度も値動きを確かめてしまうときは、画面を閉じて祈りの時間を持つほうが、魂にはずっと良い薬になります。
光の側に心を置いている人ほど、世の中が慌てているときに落ち着いて、次に何をするかを考えられます。
今回の急落で苦しんでいる人は、損をした自分を責めるより、自分が何を恐れて、何を欲しがっていたのかを見つめる機会にしてください。
その気づきは、お金で払った授業料以上の、魂の学びとして残ります。
余裕のある投資が心と暮らしを守る
投資とは、なくなっても困らない余裕資金で、心が平らでいられる量だけを持つものです。
株価の上げ下げに一喜一憂するのは、持つべき量より多く持っているという魂からの知らせです。
NISAという良い制度も、今の暮らしと心のゆとりを削ってまで使えば、恐れに振り回される道具になってしまいます。
相場が荒れる時代だからこそ、みなさまもお金に心を明け渡さず、光の側に軸を置いて、ゆとりのある暮らしを選んでいかれてください。
株価の数字に振り回されず、みなさまの魂が光の中で穏やかにいられる事を、心から願っています。
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