阿弥陀如来とは何か 光をめぐる霊的考察

2016年3月29日火曜日

超古代文明 秘史

阿弥陀如来とは何か。無限の光と呼ばれた仏様

阿弥陀様という名前を聞いたことのない方は、おそらくいないと思います。

それでも、阿弥陀様がいったいどのような仏様なのか、お釈迦様とどう違うのか、はっきり答えられる方はそれほど多くありません。

ある方から、こんな質問をいただきました。お釈迦様ではなく、阿弥陀様の神髄とはどのようなものでしょうか、と。

これは、答えるのがとても難しい問いです。

どこまで述べてよいものか、私自身いまも迷いながら、この文章を書いています。

それでも、私が霊的に感じてきたことを、一つの見方として、ここに記しておきたいと思います。

浄土の教えが伝えてきた阿弥陀様

まず、仏教の伝統が語ってきた阿弥陀様について触れておきます。

阿弥陀様は、浄土宗や浄土真宗で本尊とされる仏様です。

西方に極楽浄土という仏国土を持たれていると説かれてきました。

その名は、もともと梵語の「アミターバ」からきています。

意味は、無限の光。

闇のない、はてしない明るさということです。

人は誰しも、生きていれば心に影を抱きます。

過去の過ち、消えない後悔、明日への不安。

そうした影をすべて包み込み、なお余りある光があるとすれば、人はどれほど救われるでしょうか。

阿弥陀様の救済の力にすがって極楽に往生するために、人々は長いあいだ「南無阿弥陀仏」という念仏を唱えてきました。

南無とは、おまかせします、よりすがります、という意味の言葉です。

自分の力だけではどうにもならないと知った人が、より大きな光に身をゆだねる。

そこに、お念仏の深さがあります。

法然上人は、学問や修行の力ではなく、ただ念仏を称えることで誰もが救われる道を開きました。

身分や知識の有無を問わず、すべての人に開かれた光。

私は、この浄土の教えを心から尊いものだと感じています。

私が霊的に感じる、阿弥陀様とアモン王の縁

ここから先は、仏教の正統な教義ではなく、私が霊的に感じてきた一つの見方として読んでいただきたいのです。

以前、アトランティスのアモン王について書いたことがあります。

私が霊的に感じるところでは、阿弥陀様は、このアモン王と深い縁のある存在のように思われます。

アモンという名が、長い時を経て転じ、阿弥陀様という呼び名になっていったのではないか。

そんな感覚が、私の中にあります。

さらに不思議なのは、アモンの伝説がエジプトへ流れていったと感じられることです。

エジプトでは、アメン神という太陽の神が篤く信仰されました。

そして、そのアメンという響きから、キリスト教の祈りの終わりに唱えられるアーメンという言葉が生まれていったのではないか。

私には、そう感じられるのです。

阿弥陀、アミターバ、アモン、アメン、アーメン。

声に出してみると、ひとつの音が、地域と時代を超えて姿を変えながら流れていったように聞こえてきます。

西方の極楽浄土という言葉も、もしかしたら、もともとはアモン王のいたアトランティスを指していたのかもしれません。

光は一つ。呼び名がちがうだけ

もちろん、これは断定できることではありません。

学問として証明できるものでもありません。

それでも私がこの考察を大切にしているのは、ひとつの希望がそこにあるからです。

仏教の阿弥陀様も、エジプトのアメン神も、キリスト教のアーメンという祈りも、根のところでひとつの光につながっているのかもしれない。

そうだとすれば、人類はずっと昔から、同じ光を、それぞれの言葉で呼んできたということになります。

旧約聖書の創世記に、神が「光あれ」と言われた、という有名な一節があります。

闇のなかに、まず光が生まれた。

洋の東西を問わず、人は光に救いを見てきました。

無限の光という阿弥陀様の名は、そのもっとも古い記憶のひとつなのだろうと、私は感じています。

今日からできること

阿弥陀様の神髄に触れるために、知識を増やす必要はありません。

日々の暮らしのなかで、できることがあります。

一つ。一日に一度、空の明るさに目を向けてみてください。朝日でも、雲の切れ間でも構いません。光があることを、当たり前にせず味わう時間を持つこと。

二つ。心が苦しいとき、自分の力だけで抱え込まないこと。南無の心とは、より大きなものに身をあずける勇気のことです。

三つ。声に出して祈ってみてください。お念仏でも、感謝の言葉でも構いません。声は、目に見えない光と心をつなぐ橋になります。

四つ。後悔している過去を、一つだけ赦してみてください。無限の光とは、あなたの影ごと包む光のことです。

五つ。違う宗教や文化を持つ人を、敵だと思わないこと。呼び名がちがうだけで、同じ光を見ているのかもしれないのですから。

結びに

阿弥陀様について、どこまで述べてよいものか、やはり今回もこのあたりで止めておこうと思います。

語りつくせないことのなかに、かえって尊さが宿るからです。

ただ、これだけはお伝えしたいのです。

あなたを包もうとしている光は、無限だということ。

その光は、あなたが完璧になるのを待ってはいません。

迷い、つまずき、後悔したままのあなたを、いまそのまま照らそうとしています。

阿弥陀様という名前に出会えたあなたの魂は、すでにその光のほうへ歩き始めています。

どうか、その歩みを信じてください。

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