今日は秋分の日で、お彼岸の中日です。
お墓や仏壇に手を合わせながら、亡くなった方に感謝を伝える人も多いでしょうが、お彼岸に考えたいのはご先祖さまや過去の事ばかりでしょうか?
その時にもう一つ、考えてみたい事があります。
自分が子どもや孫、その先に続く人たちへ何を残していくのか、という事です。
ご先祖から受け取ったものを振り返ると、今の自分が残すものにも目が向きます。
先祖から受け継ぐのは財産だけではない
ご先祖から受け継ぐものというと、家や土地、顔立ちや体質を思い浮かべるかもしれません。
けれども、代々の人が重ねてきた思いと行いも、家族の中に残ります。
苦しい時に人を助けた方がいた家には、人を見捨てずに支え合う姿勢が伝わる事がありますし、親が誰かに親切にしている姿を見て育った子は、自分も同じように振る舞うでしょう。
困った時に助けてくれる人との縁も、昨日今日で出来たものばかりではありません。
先代が誠実に人と付き合ってきたおかげで、子や孫が信頼を受け取る事もあります。
霊的に見ると、人の善い思いと行いは、本人だけで終わらず、周囲や後の世代にも明るい影響を残します。
これが、先祖の積んだ良いカルマを子孫が受け継ぐという事です。
目に見える財産は使えば減りますが、人に尽くして生まれた信頼や光は、次の世代が生きる時にも助けとなります。
たとえば、祖父母が近所の人を助けていた事を、孫になって初めて聞く場合があります。
その頃には祖父母はもういなくても、助けられた人が家族を気にかけ、親切にされた記憶を語ってくれるでしょう。
その話を聞いた孫が人への接し方を変えるなら、善い行いは別の形でも受け継がれた事になります。
本人の善業が、時間を越えて家族を支えているわけです。
霊的な面でも、善い思いが消えずに周囲へ働くと考えると、私たちの日々の選択は自分一人の問題ではなくなります。
悪いカルマも家族の中に残る
反対に、怒りを人にぶつける癖や、弱い立場の人を踏みつけても構わないという考えが、家族の中で繰り返される事もあります。
子どもは家で見聞きした事を当たり前だと思って育つので、親が解決しなかった問題が、姿を変えて次の世代に現れるのです。
お金のためなら嘘をついてもよいと教われば、目先の得を選び、人との信用を失うかもしれません。
誰かに傷つけられた苦しみを抱えたまま、今度は自分の子を同じ言葉で傷つけてしまう事もあるでしょう。
そうした繰り返しには、暮らしの中で覚えた習慣とともに、霊的な思いの影響もあります。
良いカルマだけでなく、悪いカルマも子孫に伝わるというのは、こういう事です。
たとえば、お金の話をするたびに家族が怒鳴り合っていたなら、子どもはお金を相談する事自体を怖がるようになるかもしれません。
その子が親になってからも、困っているのに助けを求められず、家の中で同じ不安を育ててしまう。
ここには目に見える習慣の連鎖がありますし、消えない恨みや恐れが家族の空気を重くするという霊的な面もあるでしょう。
過去の誰かを犯人にして終わらせる話ではなく、今ここで何を止めるかが問われています。
ただし、先祖に悪いカルマがあったから子孫は必ず不幸になる、と決まっているわけではありません。
生まれた家を今から選び直す事は出来なくても、受け継いだものをそのまま次へ渡すかどうかは、今を生きる人が決められます。
家系の因縁という言葉におびえて、自分の運命を諦める必要はないのです。
自分の代から流れを変えられる
たとえば、腹が立った時にすぐ怒鳴る家で育ったとしても、そこで一度口を閉じ、相手の話を聞く事は出来ます。
親に謝ってもらえなかった人が、自分の間違いを子どもに謝る事も出来るでしょう。
そんな小さな違いは、家庭の中では大きな転換になります。
自分が受けた痛みを、次の人へ手渡さずに済むからです。
先祖を敬うとは、先祖のした事をすべて正しかったと認める事ではありません。
感謝出来るものは受け取り、間違っていたものは自分の代で改める。
その両方を引き受ける姿勢が、家系を少しずつ良い方へ変えていきます。
家族との間に深い傷がある人に、無理に親を許したり、感謝の言葉を口にしたりする事を求めるつもりはありません。
傷を認め、自分の代では同じ事を繰り返さないと決めるのも、子孫のための善い行いです。
自分が幼い頃に言われてつらかった言葉を、子どもに言いそうになった時、飲み込むだけでもよいのです。
一度で何もかも変わるわけではありませんが、昨日と違う言葉を選ぶたびに、古い流れは力を失っていきます。
反対に、家族から受けた親切は、遠慮せず次へ渡していけばよいでしょう。
家で失われていた笑顔が戻った時、その変化は本人だけでなく、子や孫が安心して生きる土台にもなります。
未来の子孫のために善業を積む
今日した事が、百年後の子孫にどう届くかを確かめる事は出来ません。
それでも、人を欺いて得たものと、人を助けて築いたものとでは、次の世代へ渡る中身が違います。
善業というと、特別な修行や大きな寄付を想像する方もいるでしょう。
約束を守る、仕事をごまかさない、困っている人に手を貸す、家族にかける言葉を選ぶ。
そうした日々の行いが、魂に刻まれ、身近な人の心にも残っていきます。
まだ生まれていない子孫のために、何か残したいと願うなら、まず目の前の人に誠実である事です。
立派な家訓を額に入れて飾るより、見ていない所で約束を守る大人が一人いるほうが、子どもには長く残るでしょう。
善業は、いつか見返りを受けるための貯金ではありません。
今日の行いで誰かが助かり、その人がまた別の人を助けるなら、明るいカルマはそこで受け渡されています。
子や孫がいない方も同じです。
親切を受けた人が別の誰かに親切を返すなら、血のつながりを越えて、善い行いは未来へ伝わります。
お彼岸には、ご先祖様からいただいた命への感謝とともに、自分はこれからどんなカルマを残したいか、考えてみるのもよいでしょう。
ご先祖が積んだ善業は子孫を助け、悪いカルマは今を生きる人の行いで変えていけます。
未来へ光を渡すために、今日の小さな善業を重ねていきたいものです。
この秋分の日が、受け継いだものを見つめ直し、次の世代へ良いものを残す一日となるよう願っています。
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