2023年4月23日日曜日

執着と真実の自己への目覚め



私たちが自分の物と思っている物も、自分一人で作り出せる物はありません

たとえば、長年働いて、ようやく貯めたお金で建てた自分の家だと思っていても、それは様々な縁によって作り出されたものです

建築材料を作る人がいて、それを組み立てる人、ペンキを塗る人や、内装を仕上げる人、家具を組み立てる人など、様々な人の手によって作り出されます

家を建てる土地は、誰かから買った自分の物だと思ってるでしょう

しかしそれは本来、地球のものであり、人間が勝手に自分の土地と言い出して、売買をしているにすぎません

土地は本来は個人の所有物ではなく、地球のものであり、私たちはそれを借りているにすぎません

家を建てる材料にしても、自ら作り出したものではなく、自然から借りてきたものです

たとえ森から木を切って、掘立小屋のようなものを自分で建てようとも、その木を生み育ててきた自然の力があってこそ、材料が手に入ります

太陽が熱すぎもなく、寒すぎもない温度で地表を照らし、雨が降り、適量の水を供給することで、木々が育っていき、木材のもととなってくれます

ですので、私たちが手にしたり、自分の物だと思って執着するものは、実は本当は自分の物ではなく、あくまで偉大なる存在からお借りしている物なのです

私たちが自分自身と思い込んでいる肉体にしてもそうです

肉体は私たちが作り出しているものではなくて、お借りしているものです

私たち自身の力によっては、髪の毛一本すら、白くしたり黒くすることも出来ません

己の力以外の力が働いて、肉体を形作っているのです

私たちが地球で魂修行するために、神仏が肉体という入れ物を作られ、それに宿る事を許されているのです

そして魂そのものも、私たち自身で作ったのではなく、偉大なる存在により創造されました

すべてをいただいているからこそ、自分の物だという執着にとらわれることなく、行き過ぎる欲を減らしていくべきでしょう

与えられてことへの感謝が、真実の自己への目覚めになります

新刊『アースチェンジ——近未来の警告書では、これから訪れる地球の変革について書いています

2 件のコメント:

  1. 何年も付き合った相手と別れました。将来の見通しが立たないのでどんなに好きでも別れることを決意しました。
    記事を読み、そもそも人は束縛する・される存在じゃないと悟りました。そして相手の優しさに胡座をかいていたことに気付きました。そして分け与える大切さを感じております。

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  2. 自分のものなど一つもない、すべては与えられたもの。それなら試練や困難も与えらたものかもしれません。もし、それらも本当に神様から与えられているものなら、逃げずに正面から立ち向かっていこうという勇気が湧いてくるような気持になります。

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