お彼岸に入る9月20日から21日にかけて、台風25号が伊豆諸島や関東に近づく見込みです。
シルバーウィークの連休に墓参りを予定していた方も多いはずで、なぜよりによってこの時期に、と空を見上げている人もいるのではないでしょうか?
気象の予報では、大型の台風25号は小笠原の近海を北上したあと東寄りに向きを変え、21日の敬老の日ごろに伊豆諸島から関東の沖へ進むとされています。
本州の南には秋雨前線が延びていますので、台風が来る前の19日ごろから太平洋側で雨が強まり、20日と21日は警報級の大雨になる所も出る見通しです。
進路はまだ変わりますので、お住まいの地域の最新の気象情報を必ず確かめてください。
台風の進路にあたる地域のみなさまが、無事に過ごされる事を祈ります。
今日は、お彼岸と台風や大雨が重なる事を、霊的に見るとどう読めるのかをお伝えします。
台風はご先祖様が起こしたものでしょうか
お彼岸に嵐が来ると、ご先祖様が怒っているのでは、供養が足りないという知らせでは、と心配になる人がいます。
台風は、南の海の熱と気圧の配置から生まれる自然の営みです。
秋のお彼岸は毎年9月の下旬で、日本に台風が来やすい季節とちょうど重なっています。
洞爺丸台風、狩野川台風、伊勢湾台風と、昭和に大きな被害を出した台風は、いずれも9月26日前後の、彼岸が明けるころに日本を襲いました。
あの世に帰った先祖の魂は、光の世界から子孫の無事を願う側にいます。
こちらでは以前、人の想念と自然の関わりについて書きましたが、今回お伝えするのは別の角度からの読み方です。
自然の現象と、季節の節目と、人の心が同じ時に重なったとき、その重なりを象徴として受け取るのが、霊的に見て健全な読み方です。
夢に出てきた場面を、現実の予告としてより、心の状態を映すものとして読むのと似ています。
大雨は浄化を象徴しています
水は古くから、穢れを祓うものとされてきました。
神社にお参りする前に手水で手と口をすすぎ、滝に打たれて身を清める行も、日本では長く続いています。
象徴として読めば、大雨はその禊が空から大地の全体に注がれている姿です。
大雨のあとに空気が澄んで感じられた経験は、誰にでもあるはずです。
お彼岸は、亡くなった方を思うと同時に、自分の生き方を振り返る七日間でもあります。
誰かへの恨み、済んだ事への後悔、言えないままになっている詫びの言葉。
そうしたものを魂に積もらせたままお彼岸を迎えた人にとって、激しい雨は、古い思いを洗い流して魂を次の段階へ進めなさいという合図として読めます。
雨の音を聞きながら、もう手放してよい思いが何であるかを、魂に問いかけてみてください。
彼岸と此岸の境目に空が荒れる事
彼岸という言葉は、仏典にある到彼岸、サンスクリット語のパーラミターから来ています。
迷いと苦しみのあるこちらの岸を此岸と呼び、悟りの側である向こうの岸を彼岸と呼びます。
春分と秋分の日には太陽が真西に沈みますので、西方にあるとされた浄土へ思いを向ける日として、日本ではこの時期に先祖を供養する習わしが根づきました。
昼と夜の長さがほぼ同じになり、夏から秋へと季節が入れ替わる境目でもあります。
暑さ寒さも彼岸まで、という言葉の通りです。
境目というのは気象の上でも空気が入れ替わる時で、夏の空気と秋の空気がぶつかる所に秋雨前線ができ、そこへ台風が南から湿った風を送り込みます。
霊的に見ると、お彼岸はこの世とあの世の距離が近くなり、光の世界からの思いが届きやすくなる時期です。
見える世界でも見えない世界でも境界が揺れる、その時期に空まで大きく動くのですから、いかにも境界の季節らしい姿と言えます。
自然の大きな力と、生かされている事
物理学者で随筆家の寺田寅彦は、日本人の自然観という随筆で、日本の自然を慈母と厳父の二つの顔を持つものとして描きました。
豊かな水と実りを与えてくれる母の顔と、地震や台風で人を打ちすえる父の顔を、日本人はずっと同時に見てきました。
その両方に向き合ってきたからこそ、自然に逆らわず、自然を師として学ぶ心が育ったと寺田は見ています。
沖縄に住んでいた時は、台風で家にこもる日が毎年のようにありました。
電気が止まり、店が閉まり、外に出られなくなって初めて、普段の暮らしがどれほど多くのものに支えられていたかが見えてくるのです。
晴れた空も、蛇口から出る水も、届く荷物も、当たり前のものとして受け取っていた自分に気づかされます。
お彼岸は、自分の命が先祖から受け継がれてきた事を思い出す時期でもあります。
両親が二人、祖父母が四人、十代さかのぼれば千人を超える先祖がいて、その全員が命をつないでくれたおかげで今の自分がいるのです。
自然にも先祖にも生かされて、人は今日を生きています。
台風とお彼岸が重なる日は、その事を頭ではなく体で思い出す機会になります。
墓参りに行けない時の供養
悪天候で墓参りをあきらめると、ご先祖様に申し訳ないと感じる人は多いはずです。
供える花を買って玄関に用意していたのに、という方もいるでしょう。
供養で故人に届くのは、向けられた思いです。
お墓は思いを向けやすくするための場所であって、家の中で手を合わせても、その思いは同じように届きます。
あの世は思った事がそのまま相手に伝わる世界ですから、故人の顔を思い浮かべ、名前を呼び、ありがとうございましたと心の中で伝えれば、それで立派な供養です。
光の世界にいる故人には、形だけの墓参りより、遠くからでも心を込めて向けられた感謝のほうがよほど嬉しく届きます。
危険をおして出かけ、事故にでも遭えば、いちばん悲しむのはご先祖様です。
台風の日は家にいて無事でいる事こそ、先祖への何よりの孝行です。
雨で外に出られない一日は、故人を思い、自分の魂の歩みを振り返るために用意された時間として使えます。
台風が近づくお彼岸に、家にいながら出来る事を挙げておきます。
- - 気象情報と自治体の避難情報を確かめ、停電や断水に備えて水と食料、懐中電灯、スマホの充電を用意する
- - 墓参りは台風が過ぎてからに延ばす。お彼岸は26日まで続きますし、明けてからのお参りでも思いは届きます
- - 家の中で故人の写真か位牌に向かい、名前を呼んで感謝を伝える。仏壇が無ければ、心の中で顔を思い浮かべるだけで足ります
- - 雨音を聞きながら、この半年で抱え込んだ恨みや後悔を紙に書き出し、手放すと決める
- - 離れて暮らす親やきょうだいに電話をかけ、無事を確かめ合う。生きている家族を大事にする事も、先祖の魂が喜ぶ供養です
- - 台風の進路にあたる地域の人々の無事を、手を合わせて祈る
お彼岸に台風や大雨が重なる事は、浄化と、境界の季節と、生かされている事への気づきと、先祖を思う心の深まりを象徴しています。
嵐は自然の営みで、ご先祖様は光の側から子孫の無事を願う存在です。
外に出られない日には、家で手を合わせ、古い思いを雨に流して、魂を新しい段階へ進める一日にしてください。
台風の進路にあたる地域のみなさまが無事に過ごされ、雨上がりの澄んだ空の下で、晴れやかな気持ちでお墓に向かえますように。
ここまで読んでくださって、ありがとうございます。
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