2018年11月7日水曜日

頭の中がガラクタで埋まってしまっていないか?


高名な禅師のもとに、学者さんが禅とは何かを尋ねに来ました


その和尚は客人に碗を出してお茶を注ぎます

お椀いっぱいに茶を注いでも一向にとめようとしません

しまいにはお茶があふれだし、こぼれてしまいます

訪ねてきた学者は「お茶があふれてしまっていますよ」と禅師に注意します

すると禅師は「あなたの頭の中はこのように自分の考えであふれている。まず空にしてから禅とはなにか質問されよ」と返しました


知識を得ることはよいですが、ガラクタの知識を頭に詰め込みすぎて、肝心の真理が入っていかない人がいます

質問をしてくる人でも、自分の不遇や世の中への憤りを述べ、その事で頭がいっぱいになり、言葉を受け入れられなくなっている人がいます

ご自身の考えや感情に固執してしまい、他人の意見が入れられなくなってしまうことがあります

この世的な知識を詰め込みすぎた人にも、霊的なものを受け付けなくなる人がいます

真理からすればガラクタで部屋の中をいっぱいにして、本当に必要なものが入れられない状態です

これららどれも哀れな状態であり、知的な固執や執着からきています

他の意見や見解も入る隙間はいつも必要なものでしょう

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3 件のコメント:

匿名 さんのコメント...

最近のヒマさえあればスマホを見ている人たちは、これに当たると思います。

Momoko さんのコメント...

絵がツボです😂でもとても考えさせられました。ありがとうございます。

ssk さんのコメント...

答えを教えてあげたくても伝わらない。都合の良いように切り取られてかえってマイナスに働く。
けっこうあります。
ガラクタの例えすごくよく分かります。あの城壁ほんと粉々に叩き潰したい。
自分も頑迷なところ少なからずあるんで気をつけます。

今後のコメントは X(旧Twitter)にてお待ちしております。