2017年5月1日月曜日

努力のもとにあるもの


人が努力して、精進していくもとには何があるでしょうか

なかには人が努力する背後には劣等感が潜んでいる者もるでしょう

たしかにそうした人は居て、昔の満たされなかった思いや、他人からの嘲笑など、過去の傷を克服しようとして必死に努力する人もいます

勉強を頑張ったり、事業で頑張ったりする人にも多いでしょう

ですがそうした努力には、未浄化な部分が心に残っていることがあります

昔のことを許せずにいたのなら、成功したように見えても、真の幸せは手に入れられないでしょう

そうした劣等感によって努力するだけではなく、人は自らの使命が発揮でき、それが世の人々のためになるという思いから努力することがあるのです

私たちの社会が、平和で便利に過ごせているのも、先人たちが人々の幸せを願て努力を重ねたからです

電球を開発していったエジソンらの人々の活動も、それによって夜でも安全に道を歩けるようになるとか、夜でも勉強がしやすくなるなど、人々の利便性に寄与しようとする思いがあったからでしょう

人は単にお金もうけだけのためには、あまり意欲が高められないもので

その努力が人々のためになり、自らの才能を発揮できるからこそ、努力が続けられます

そのように自我からくる努力は未浄化なものを生み出し、本来の自己や大我から来るものは、湧き水のように、人々を潤すものとなるのです

関連記事


↓ブログランキング参加しています。応援クリックいただけたら幸いです

スピリチュアル ブログランキングへ

2 件のコメント:

  1. なるほど。
    突き詰めて考えていくと、努力の元となる動機の部分が一番肝心なのですね。

    「何くそ! 自分自身をバカにした人間を見返してやるぞ!」と、悔しさをバネにして努力することは、いつまでも相手を恨み続けたり、卑屈なままだったりするよりも遥かにマシだと、個人的に思っておりました。

    返信削除
  2. 先日のテレビ番組で、あの多彩な星野源さんがくも膜下出血で倒れた経験がおありだったことを知りました。
    睡眠時間を削ってがむしゃらに仕事をした結果の出来事だったようですが、それが自分を振り返るきっかけになったようでした。

    大病を患いながらも何の後遺症もなかったことが奇跡的なことのように思いましたが、なにかの役目があって後遺症もなく、気づくチャンスを与えられたのではないかと思いました。







    返信削除

コメントは管理人の承認後に表示されます