2014年3月10日月曜日

救出劇 鳥になって大空を飛び小象を助けに行く夢 レトリーバル?



以前に見た夢で、印象的なものを再掲載いたします


私は鳥になっていて大空を飛んでいました

小高い丘のうえで羽根を休めていると、眼下に円環の都市が見えました

幾つもの壁によって分けられたその都市は中央に行くほど高度な生活を営む人々が住み、外側の縁に近づくにつれて粗雑な生活を営む人々が住んでいるようでした

一番端の地区はスラム街のようで、何か助けにならないかと思い飛んで行きました

そこに人の子供であり子象にも見える人がいて、ヤクザのような人達に囲まれて困っているようでした

そこに降りていき、子象をこっちこっちと逃そうとするのですが、子象はいつの間にか一人のヤクザ者についていってしまいます

そこから逃れるように説得するのですが子象はヤクザ者について行くことを選択します

その原因を探るため、小象の閉じ込められている建物を調べようとすると、門にいる番人が弓を射かけてきます

それを越えて調べていると、その建物では何かの事件が過去にも起きており、同様の事件が時間を置いてまるで因縁があるように繰り返されていることがわかりました

夢はここまでになります

写真はカンパネッラの太陽の都の平面図です



夢に出て来た都市と似てます

ダンテの神曲にある煉獄の構造とも同じです

ちなみにカンパネッラは宮沢賢治の銀河鉄道の夜の登場人物の名前でもあります

夢で見た都市はダンテの煉獄のような世界をあらわしていると同時に、ユングの言う曼荼羅で、私の心全体をあらわしているように思います

ユングは世界で起こっている出来事も、じつはすべて繋がっていると考えました

科学などでは一義性を求めますが、象徴は多義性であり、一つの象徴が多様な意味をあらわしていますが、解釈は一つの解釈が正しく他の解釈は間違い(一義性)ではなく、多様な解釈が可能であり同時にそれぞれが正しいということがあります(多義性)
科学=論理的=一義的

象徴=シンボリズム=多義的

夢やビジョンを解釈したりしていますが、一つの解釈のみが正しいということでなく、その象徴には多義な意味が隠されていることがあります。ということです

助言やアドバイスをすることがありますけど、相手に何とか良くなって欲しいという思いはありますが、どの道を選ぶかはその人本人が決めることですので、本人が心の奥で望んでいなければ助けることはできないのですね

過去にも同じ事件が因縁めいて繰り返されるのは、前世や過去にも同じことを繰り返してしまっているカルマというか魂の傾向性をしめしています

そして個人的な繰り返しだけではなく、過去にも同じような場所で、違った人が同じような失敗を繰り返してきたことも意味するのだと思います

それが時間を越えて同じような行動を繰り返し演じてしまう潜在力になってしまっているのでしょう


関連記事


ブログランキング に参加しています
この日記の記事がよいと思われましたら応援クリックお願いいたします
いつもありがとうございます


スピリチュアル ブログランキングへ

にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へ
にほんブログ村

7 件のコメント:

  1. 洪様が絶対的に自身を信じられる根拠を教えて下さい。
    (これは変な意味ではなく、マジで勉強したいのです!)

    返信削除
    返信
    1. 絶対ということはないですね

      むしろ子供の頃から一つの考えがあれば、もう一つ反対の考えを出して見る傾向がありました

      他の人との違いを感じるところは平面的に見るのではなく、立体的に真理を見ている傾向は感じられます

      削除
  2. こんばんは。
    その平面図を拝見して、時間を図形に描くと同心円になり自分はその中心に存在していると仰っていた方を思い出しました。
    時間を膨大な長さの平行線だと思っていると過去には手が届きませんが円形に回転しているのならば過去・現在・未来は全て重なっており、全てが「今」であるとも言えます。
    過去から同じ事件が繰り返されると言うのも、「今」しかないのなら繰り返されてるのではなく同一の事件を象徴しているのかもしれないです。
    なぜ時間=平行線だと思われているのかというとダークサイド側が支配するためにはその方が都合が良いかららしいです。
    時間が同心円ならば過去の修正も本来ならば可能だそうです。
    ダークサイド側の支配から全人類が目覚めない限り無理な話かもしれませんが…。

    洪さんが書かれておりますように、繰り返されるカルマという啓示に加えて時間軸は同心円であるという意味も表しているのなら正に多義的な意味が隠されていることになりますね…。

    それともう1つ。
    太陽の都の神殿内に天球儀と地球儀がありますね。
    私は今日、突然昔の映画「ダーククリスタル」(映画自体は観てないのですがw)を思い出しどんな話なのかとネットで調べてたのですが
    作中に作られていた「太陽系儀」というものが気になり更に調べていたところに、タイムリーな太陽の神殿でちょっとびっくりです。
    その太陽系儀も置かれていた場所がドーム型らしいのです(画像は見つからず)
    これ何かメッセージが来てそう。。。まだ何なのかわからないですが…
    ユングが言うように繋がってるのでしょうか

    返信削除
    返信
    1. Chromeさんが仰りたい事、良く伝わって参ります。

      良く言われる例えで
      「過去・現在・未来は同時に存在している。例えて言うなら一冊の本と思えば良い。

      読んでいる時はそこのページに集中しているが、いつも全てのページが同時に存在している。」というのが有りますね?

      そして「あなた自身が著者であるなら、書き換えも自由である」という事ですね。

      だとしたら、人間はとても自由で私はワクワク致します♫(笑)

      もしかしたら皆、根本は同じ事を言っているのかもしれないですよね?

      色々な人の違う視点での、色々な表現で伝えてもらう中から、自分が取捨選択をしながら腑に落ちるものを拾うやり方も、視野が狭くなり過ぎず、とても大事じゃないかと私は思います。

      お釈迦様はご自身の悟られた真理に、絶対的な自信がお有りだからこそ「私を信じるな。むしろ疑ってみて、自分で調べて自分で理解せよ。」
      と諭されました。(真理には矛盾がない事を、良くご存知だったからこその教えだったと理解致します)

      相手に自力で悟らせる様に導かれたお釈迦様ほど、お優しい慈悲に満ちたお方はいないのではないかと私は思います。( ; _ ; )

      ただ優しく包み込むだけの慈愛と違って、慈悲には相手を自立させる為の厳しさも有るので、巷では敬遠されますが。(笑)

      又お釈迦様の教えの中に、

      「マーラ(悪魔)は常に付きまとう。だから拒否して抵抗しても無駄である。

      けれどマーラを無視してもいけない。マーラに気付いていなさい。
      そしてそちらに目を向ける事なく、並行して歩みなさい」

      というのが有りました。

      そしてマーラ(悪)というのは、実は外に有るのではなく、”自分の心の中に在る”という解釈ですね。

      まぁ、未熟な私のこの表現も、あくまでも私のものの見方ですから、一部分でしかありませんけれど・・・。(^^♪

      とにかくとにかく、私はこの洪様のブログの中で、こんな高尚なディスカッションができる事がとても有意義で楽しいです!

      それは洪様という、大変意識の高い方の存在があるからこそ生まれ出ている現象で、私はとても感謝しております。
      ☆_(_☆_)_☆

      削除
    2. 偶然検索したら太陽の都がでてきたのは、ユングの言うシンクロニシティですね

      ちなみに、このシンクロを日本語では共時性と訳されます

      過去現在未来の時間軸の話をしていたら、共時性が起こったという事ですのでそれにも意味があるのでしょう

      削除
    3. >>匿名さん
      初めまして^^
      本のお話は全く同じことを言っていますよね。

      色々な方々が仰られたことや書かれたことの真理が正しいのか否かの判断は、私は自分の心に響くかどうかの直感任せかもしれません
      その判断が正しいかどうかは正確にはわからないですが自分が純粋に惹きつけられる何かがあるのなら、自分にとって必要な何かであることは間違いないと思います。

      マーラの話は誰もが自分自身にネガティブな部分があることを認めた上で、それに飲み込まれることなく客観的に見つめなさいという感じでしょうか?
      わかっていても些細なことで腹を立てたりすると客観的になれず怒っちゃったりしますから難しいですね。私にはまだまだ^^;


      >>洪さん
      いえいえ太陽の都のイラストは洪さんのブログのこの記事が初見です。
      太陽系儀の置かれている建物がドーム型、でもネットでは画像が上がってないので頭の中でイメージしてたところで、こちらのブログに来ましたら、まさにまさにそのもののイラストが載ってるではないですか!びっくり!
      …という感じです。
      これもシンクロにシティですよね。更に時間軸とも絡みがあるとはまたまた驚きです。うーむ何か深いものがありますね。

      削除
    4. Chromeさん、初めまして♫
      お返事嬉しく拝見致しました。ありがとうございます。

      私も自分の感覚を信じます。
      時にあっちにぶつかり、こっちにぶつかりしながらも(私の道は劣等生の学び方かも?笑)、

      でも自分には自力で軌道修正する力も有ると、私は自分を信じています。

      どなたに取っても、その方に必要な学び=興味を持つ事=の道順は、本当は自分が一番分かっていると思いますから、

      私はChromeさんはChromeさんの感覚を信頼なされば良いと思います。

      人間は色々な失敗を積み重ねる中で、自分の経験した痛みを通して、初めて人の痛みを理解する事にも繋がりますし(失敗の無い人間は、逆に人の痛みには鈍感だったりしますね?)、

      本当は失敗なんて有り得ないという捉え方も出来ます。
      私は何事も、その様な明るい解釈を好む質でございます。(^^♪

      マーラのお話は、そうですね!
      マーラを自分の”怒り”に置き換えてもピタリとハマりますね!
      本当にお釈迦様の叡智は凄いなぁ!と思います。\(^o^)/


      削除

コメントは管理人の承認後に表示されます