2013年1月23日水曜日

「ヨハンの絵本」 物語・前編


灰色の煙りを吐きながら汽車が駅へと滑り込んでくると、降りる人と乗り込む人で構内はあふれ、夏の蒸せる暑さの中で駅は騒然としていました



背の高い大人たちに埋もれて、今年で12になる背の低いヨハンは汗を流しながら大声をあげて、カゴに詰めた食べ物や飲み物を売っていました

窓越しに注文がはいると、食べ物と交換にお金を受け取ります

次から次へ列車の窓を移りながら忙しいで売っていき、最後の車両につくころには、出発の合図の警笛が鳴ります

そうして発車していくと、事務所にもどり商品を補充します

忙しい時間帯には、一息つくまもなく、次の列車が駅に着くので、ヨハンは急いでまた売りにいかなければなりません

慌てて駆け込む乗客に突き飛ばされたり、もみくちゃにされながら、くたくたになって一日の作業が終わります

事務所にもどると「今日も一日ご苦労さん」といって年老いた事務員がその日の賃金を渡します

ヨハンはくたびれたハンチング帽を脱いで一礼して受け取ると、汗をぬぐいながら事務所を出て、夕暮れの帰り道を急ぎました

鼻の穴に指を入れると、指先は煤で真っ黒になります

小さな川の橋を歩いていると、向こうから同じくらいの年頃の子供たちが四~五人、何か楽しそうに笑いながら歩いてきました

ヨハンは帽子を深くかぶり黙って通り過ぎようとします

すれ違うときに少し肩触れて、一瞬だけ顔を合わせました

「おや、ヨハンじゃないかい?昔しおなじ小学校にいたよな。」

声をかけられても黙って聞こえないふりをして歩き続けました

「ほっとけよ。今は学校やめて駅で物売りしてるらしいぜ。近づいたら煤が移るよ」

ヨハンは角を曲がって彼らが見えなくなると、大急ぎで駆け出しました

小さな民家が肩を寄せ合ってならぶ町並みの一角にある、斜めにゆがんだ建物が彼の家でした

「ただいま」と言いながら鍵のかかっていないドアを開くと、奥の部屋からううっと呻きにもにた声をあげて、父親が起き出してきました

樽のようなお腹でモジャモジャの髭はよだれとお酒でいつもぬれています

父親は赤ら顔をしてお酒のビンを片手に、臭い息を吐きながら、何も言わずヨハンから今日の駄賃をすべてとりました

「ねえ父さん。もうお酒は買っちゃだめだよ。身体を悪くするよ」

「うるさい!子供に何がわかる」

言い終わらないうちにヨハンは酒瓶で殴られ、床に倒れました

子供は知識が少ない分、いろんなことをはだで感じとります

「お母さんが亡くなってからお仕事もいかず、ひとの稼いできたお金で毎日お酒ばかり飲んでいるじゃないか」

「えらそうな口をきくな。お前を産んでから母さんは身体をくずしたんだ。お前さえいなければこんなことにはならなかったんだよ!」

ふたたび酒瓶を振り上げたのを見て外へと飛び出していきました

「お父さんは昔はこんなではなかったのに、すっかりかわってしまったなあ。でもぼくのせいでお母さんが死んだのだ。ほんとうに僕は生まれないほうがよかったのかもしれない」口から流れる血を手で拭いながらぽつりと言いました

もう外は暗くなって昼間の暑さは和らいでいます

街の坂道を登りきって、高台の広場から裏の森へゆくと、ヨハンの秘密の隠れ家があります

ヨハンは父親があれている日には、よくこの隠れ家へとやってきては夜を過ごすのです

森の抜け道を通ると、小さな池のまわりがすこしひらけた場所があって、肩くらいの高さの木の枝の間にどこからか拾ってきた板を通して、ひと一人が寝そべれるくらいの場所をつくり、そこへ虫よけの草を乾燥させて敷いて隠れ家にしていました

そこへ寝転がると、涼しい風がどこからともなく吹いてきて、森の木の葉をゆらし、池の表面に波をつくり、ヨハンの頬をやさしくなでました

普段はやかましく聞こえる、池のカエルの合唱や、虫の鳴き声が今夜はほとんど無く、ときおり夜の鳥が思い出したように鳴く音しか聞こえませんでした

ふと空を見上げると、お月様がちょうど夜空のてっぺんにさしかかっています

お月様を見ていると、なんだかお母さんに見守られている気がします

「お母さんはあのお月様にいて大きな望遠鏡できっとぼくのことを見ているのじゃないかな。いつかぼくもお月様にいってみたいな」

大きな木のこぶにある穴に、丸められた紙がいれてあります

駅の売り子をした駄賃から少しずつお金を出して一枚一枚買い集めた紙です

その紙と黒い木炭を取り出して開きました

月明かりで照らされた紙にはなにやら絵と文字が書かれています

それはヨハンの書き溜めた絵本でした

木炭で書いているため色は黒しかありませんし、まだ子供ですので絵も文字も何をかいているのかわからなかったりで、一見するとただの落書きのようにしか見られません

ですがヨハンは物語を心の中で思い描きながら書いているのが楽しかったのです

いつもこの絵本をお母さんに読ませてあげたいと思っていました

ヨハンの母親は彼を産んでから身体を悪くして、ほとんどベッドですごしていたのですが、彼のためにベッドでよこになりながら絵本を読み聞かせてくれた優しい面影がヨハンにはずっと残っていました

だからヨハンは絵本をかくのが楽しいのかもしれません

絵本の物語は駅でお仕事をしているときに聞いた不思議な話しをもとにしました

その不思議な話しというのは、満月の日になると、予定にない汽車が夜中に走るというのです

その列車に乗った人は帰ってくることがないといわれてました

みんなはその噂話をしてこわがっていましたが、ヨハンはきっと皆は楽しいとこにいって帰ってきたがらないのだと思いました

または、こんな話しも聞きました

ある若い男女が、人目をさけて会うために、夜中の駅へこっそり忍び込み、椅子にこしかけて話しをしていると、なにやら汽車の走る音がきこてえきたそうです

その音がだんだん近づいてくると、二人はこわくなって椅子の後ろに隠れて様子を見ていました

するとホームに汽車が入って来て、窓からは何人かの人が乗っているのが見えました

そして「さあさあ、お二人さんも隠れてないで、早くお乗りなさい。もう汽車は出発しますよ」と呼んでる声が聞こえたような気がしました

男のほうが「どうやら見つかってしまったらしいね。なんだか乗らないと悪い気がするんだけどどうしよう」と女性に問いかけました

「そうね。ばれてしまっては仕方がないわ。いっそ乗り込んでどこかへ二人して遠くへいってしまいましょう」

二人は決心したようすで乗り込みますと、汽車は待っていたかのように走り出しました

出入口の近くの座席には、帽子を深くかぶって顔の見えない紳士が座っています

「すいません。この汽車はどこまでゆくのですか?」

男の問いかけに、紳士は何も聞こえなかったかのように黙ってうつむいていました

二人はなんだかいやな予感がして今度は女性のほうが、向かいに座っている貴婦人のようなかたにたずねてみました

ですが、この貴婦人も何も言わずに座っているのです

よくみると乗客はみなうつむき加減で、車内は物音ひとつせず静まり返っています

二人は顔をあわせて汗のにじんだ手をにぎりあいました

すると奥の車両からしわだらけの老人が入って来て、二人をじっとみると言いました

「お若い方たち、悪いことは言わないから、次の駅ですぐに降りなさい」

そう言い終わるかのあいまに老人の姿は煙りになったかのように溶けて無くなりました

二人は恐ろしくなって次の駅で走って降りたそうです

ヨハンはその不思議な汽車を思い浮かべて、空想を膨らませていました

絵本ではその汽車にヨハンが乗り、星のきらめく夜空をとんでいき、月でまっている母さんのもとに会いに行く物語でした

「お空にあがるときはどんな感じだろう。お月さまの国はどんなかなあ」

そう考えながらウキウキしているといつの間にか寝てしまいました


つづく



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