2012年12月24日月曜日

サンタクロースって、本当にいるんでしょうか?


クリスマスにちなんだ、いい話、感動する話を紹介します




「サンタクロースって、本当にいるんでしょうか?」


100年位前のアメリカの新聞の社説に掲載された有名なお話
 
きしゃさま わたしは、八つです。
わたしの友達に「サンタクロースなんていないんだ」って言っている子がいます。
パパに聞いてみたら、
「サン新聞に、問い合わせてごらん。
新聞社で、サンタクロースがいるというなら、そりゃもう、確かにいるんだろうよ」と言いました。
ですから、お願いです。教えてください。サンタクロースって、本当にいるんでしょうか?

バージニア=オハンロン ニューヨーク市 西95丁目115番地
  

バージニア、お答えします。
サンタクロースなんていないんだという、あなたのお友達は間違っています。
きっと、その子の心には、今はやりの、何でも疑ってかかる、
うたぐりや根性というものがしみこんでいるのでしょう。 
うたぐりやは目に見えるものしか信じません。
うたぐりやは、心の狭い人たちです。心が狭いために、よく分からないことがたくさんあるのです。
それなのに、自分の分からないことは、みんな嘘だと決めてかかっているのです。
けれども、人間の心というものは、大人の場合でも、子供の場合でも、
もともとちっぽけなものなんですよ。
私たちの住んでいる、この限りなく広い宇宙では、人間の知恵は、一匹の虫のように、
そう、それこそ、ありのように小さいのです。
その広く、また深い世界を推し量るには、世の中のことすべてを理解し、
すべてを知ることのできるような、大きな深い知恵が必要なのです。
そうです。バージニア、サンタクロースがいるというのは、決して嘘ではありません。
この世の中に、愛や、人への思いやりや、真心があるのと同じように、サンタクロースも確かにいるのです。
あなたにも分かっているのでしょう。世界に満ちあふれている愛や真心こそ、
あなたの毎日の生活を、美しく、楽しくしているものだということを。
もしも、サンタクロースがいなかったら、この世の中はどんなに暗く、寂しいことでしょう。
あなたのようなかわいらしい子供のいない世界が考えられないのと同じように、
サンタクロースがいない世界なんて想像もできません。
サンタクロースがいなければ、人生の苦しみを和らげてくれる、
子供らしい信頼も、詩も、ロマンスも、なくなってしまうでしょうし、
私たち人間の味わう喜びは、ただ目に見えるもの、手で触るもの、感じるものだけになってしまうでしょう。
また、子供時代に世界に満ちあふれている光も消えてしまうでしょう。
サンタクロースがいない、ですって! 
サンタクロースが信じられないというのは、妖精が信じられないのと同じです。
試しに、クリスマス・イヴに、パパに頼んで探偵を雇って、
ニューヨークじゅうの煙突を見張ってもらったらどうでしょうか? 
ひょっとすると、サンタクロースを捕まえることができるかもしれませんよ。
しかし、例え、煙突から降りてくるサンタクロースの姿が見えないとしても、
それがなんの証拠になるのです?
サンタクロースを見た人はいません。
けれども、それはサンタクロースがいないという証明にはならないのです。
この世界で一番確かなこと、それは、子供の目にも、大人の目にも見えないものなのですから。
バージニア、あなたは、妖精が芝生で踊っているのを、見たことありますか?
もちろん、ないでしょう。
だからといって、妖精なんてありもしないでたらめだなんてことにはなりません。
この世の中にある見えないもの、見ることができないものが、
なにからなにまで人が頭の中で作り出し、想像したものだなどということは決してないのです。
赤ちゃんのがらがらを分解して、どうして音が出るのか、中の仕組みを調べてみることはできます。
けれども、目に見えない世界を覆い隠している幕は、どんな力の強い人にも、
いいえ、世界中の力持ちがよってたかっても引き裂くことはできません。
ただ、信頼と想像力と詩と愛とロマンスだけが、そのカーテンを一時引きのけて、
幕の向こうのたとえようもなく美しく、輝かしいものを見せてくれるのです。
そのように美しく、輝かしいもの、それは人間の作ったでたらめでしょうか? 
いいえ、バージニア、
それほど確かな、それほど変わらないものは、この世には、他にないのですよ。
サンタクロースがいない、ですって? とんでもない。
嬉しいことにサンタクロースはちゃんといます。
それどころか、いつまでも死なないでしょう。
1千年の後までも、百万年の後までも、
サンタクロースは、子供たちの心を、今と変わらず、喜ばせてくれるでしょう。






シークレットサンタの実話




アメリカでクリスマスになると、貧しく困っている人々に現金をプレゼントする男性がいた。
彼はいつしか『シークレットサンタ』と呼ばれるようになった。

「秘密のサンタクロース」として名前を明かしたのは
中西部ミズーリ州のカンザスシティーの郊外に住むラリー・スチュワートさん(58)の話です。


「ほかの誰かを助けることこそが、私たちの生きる目的なのだ」

1971年11月、23歳のラリー・スチュワートは会社が倒産し路頭に迷っていた。
あまりの空腹に耐えきれず、ついレストランに入って取り憑かれたように注文してしまった。
請求書を出されようやく我に返り、お金を持っていないことに気づいた。

そして、なんとかその場を取り繕おうとポケットの中を探すフリをしながらも、
警察に突き出されても仕方が無いと思っていた時だった。

一人の男性店員がラリーの横でしゃがんで、
20ドル札(現在約2400円)が落ちていたと渡してくれたお陰で、彼は会計を済ませることができた。

だがこの人生最大の苦境に偶然手に入れた20ドルが、後に彼の運命を変える重大な鍵となる。


1972年、運良く拾った20ドルの残りを旅費にカンザスシティに移り住んだラリーは、警備関係の会社を起こして懸命に働いた。

結婚し子供も生まれたラリーは幸せな生活を手に入れたかに見えた。

1977年12月、不況で会社が倒産しその日の食事代にも困るほど追いつめられた。
貧しさのせいでラリーは我を忘れ、銃を手に銀行に入り、強盗を働きそうになった。
だが、20ドル札を見てふと我に返り銀行強盗をすんでの所で思いとどまった。

改心したラリーは1978年、妻の兄からの援助を受けてセールスマンとして懸命に働いた。


だが彼はまたしても試練を与えられる。

1979年12月、会社の経営が思わしくないということで、ラリーは解雇されてしまったのだ。

もう助けてもらうあてがないと途方に暮れていた時だった。
ふと目についた売店に立寄り、ポップコーンを注文した。

店員の女性は暗い表情で、違う商品とおつりをラリーに渡した。

ラリーは彼女が困っているのだと思い、おつりの中から20ドル札をプレゼントした。
彼女は受け取れないと言ったが、ラリーはクリスマスプレゼントだと言って手渡した。

この日はクリスマスだった。
女性は嬉しそうに礼を言った。

その笑顔がラリーを明るくし、彼は思いも寄らない行動をすることになった。

そのままラリーは銀行に行くとなけなしの貯金を引き出し、
白いオーバーオールに赤い服とベレー帽という姿で町に繰り出した。
そして困っているような人や貧しい人に20ドル札をクリスマスプレゼントとして手渡したのだ。

シークレットサンタが誕生した瞬間だった。

20ドルは大金ではなかったが、困っている人々にとっては大きな助けとなり喜んで受け取ってもらえた。
それがラリーの人生にも思わぬ影響を及ぼすことになる。

家に戻ると、妻から銀行にお金が残っていなかったと聞かれた。
ラリーは落としてしまったと答えた。

すると妻は怒るどころか、
『仕方がないわね、でもあなたは幸せそうね』
と微笑むだけで文句を言わなかった。

翌年の1980年、ラリーは友人と長距離電話の会社を設立し、懸命に働いた。

そしてその年のクリスマスにも道に立って人々に現金をプレゼントする活動を続けた。
そしてその金額は少しずつ多くなっていった。

不思議なことにシークレットサンタとなって施しをすればするほど会社の業績が上がり、長年の切り詰めた生活から抜け出し家族のために家や新しい車を買えるまでになった。

ラリーの妻も町中でシークレットサンタの噂を耳にするようになった。
彼は家族にも言っていなかったのだ。

彼はそれからも一年も休むことなくシークレットサンタの活動を続けたのだが、
9年目の1987年12月、ついに妻にシークレットサンタがラリーであることがわかってしまった。

すまないと謝るラリーに、妻は

「素敵なことじゃない。これからはもっと節約してたくさんの人を助けられるように協力するわ」

と答えた。

以後、家族もラリーの活動を知って陰から支えることになった。

1995年、地元ではすっかり有名になっていたラリーは匿名を条件に取材に応じた。

カンザスシティ・スター紙のマクガイヤー記者は、彼も家族も一切表舞台に出ようとしなかったと話す。

しかし報道されてから、シークレットサンタの正体への関心はさらに高くなった。

一方ラリーは多くの人に感謝されるにつれて、ある人物に会いたいという思いが募っていった。

そして1999年12月、ミシシッピ州のトゥペロという小さな町のある男性宅を訪れた。

その男性とは、シークレットサンタの生みの親だった。

28年前の1971年、一文無しだったラリーが落ちていた20ドルに救われた日のこと。
本当の落とし主が現れたら困るので逃げるように店を後にしたラリーは、我に返って真実に気づいた。

20ドルは、落ちていたものとして男性店員が彼にくれたものだったことに。

男性店員はテッド・ホーンといい、当時のことを思い出した。

ラリーは彼がしてくれたことをいつか誰かにしようと思ったのだと話した。
そして、テッドの20ドルがなかったら刑務所に入っていただろうという。

自分の人生を正しい方向に導いてくれたお礼にと、ラリーはテッドに1万ドル(約120万円)の入った封筒を渡した。

受け取れないというテッドに、ラリーは自分が今あるのはあなたのおかげだと引かなかった。

当時テッドは、警察に突き出すのではなく、自らの過ちに気づき、他人への優しさを知って欲しいと思って20ドルを差し出した。

それをずっと覚えていて、サンタ活動を続けたことには頭が下がるとテッドは話している。

テッドさんはラリーさんから渡された1万ドルを、
近所の病気で困っている人たちや生活に苦しい人たちのために使ったという。
人を思いやる気持ちは健在だった。

そしてラリーのサンタ活動は全米に広がった。
2001年には世界貿易センタービル爆破事件のあったニューヨークに行き、
ホームレスや職を失った人を中心に2万5千ドルを配った。

2005年にはハリケーンで壊滅的な被害を被ったミシシッピ州を中心に7万5千ドルを配り、27年間で配った総額は150万ドル(約1億8千万円)になった。

だが昨年、シークレットサンタがついにカメラの前に現れ正体を明かした。
彼は昨年4月、食道ガンのため治療しなければ1ヶ月生きられないと宣告されたのだ。

正体を明かしたのは、自らの命の宣告を受け、
身近な人への思いやりを広げて欲しいというメッセージを送りたかったからだろうと、マクガイヤー記者は話します。

その反響は大きかった。

2日間で7000通もの手紙やメールが彼のもとに届いた。
大半は自分もシークレットサンタになりたいというものだった。

その年のクリスマスも彼は病気を押してサンタの活動を行った。
そのお陰で多くの人が笑顔でクリスマスを迎えられた。
今年1月12日、ラリーは58歳で静かにこの世を去った。
それでも彼の笑顔と優しさは数えきれないほどの人の胸に永遠のサンタとして刻み込まれただろう。

生前ラリーは、シークレットサンタ協会を設立、会員資格は少なくとも1回他人への親切な行為を行うこと。

今でも世界中から登録の申し込みが後を絶たない













賢者の贈り物

The Gift of the Magi

オー・ヘンリー作
結城浩訳
1ドル87セント。 それで全部。 しかもそのうち60セントは小銭でした。 小銭は一回の買い物につき一枚か二枚づつ浮かせたものです。 乾物屋や八百屋や肉屋に無理矢理まけさせたので、 しまいに、こんなに値切るなんてという無言の非難で頬が赤くなるほどでした。 デラは三回数えてみました。 でもやっぱり1ドル87セント。 明日はクリスマスだというのに。
これでは、まったくのところ、粗末な小椅子に突っ伏して泣くしかありません。 ですからデラはそうしました。 そうしているうちに、 人生というものは、わあわあ泣くのと、しくしく泣くのと、微笑みとでできており、 しかも、わあわあ泣くのが大部分を占めていると思うようになりました。
この家の主婦が第一段階から第二段階へと少しづつ移行している間に、 家の様子を見ておきましょう。 ここは週8ドルの家具付きアパートです。 全く筆舌に尽くしがたいというわけではないけれど、 浮浪者一掃部隊に気をつけるためにアパートという名前をつけたに違いありません。
階下には郵便受けがありましたが手紙が入る様子はなく、 呼び鈴はありましたが人間の指では鳴らせそうもありません。 その上には「ミスター・ジェームズ・ディリンガム・ヤング」 という名前が書かれた名刺が貼ってありました。
その「ディリンガム」の文字は、 その名の持ち主に週30ドルの収入があった繁栄の時代にはそよ風にはためいてきました。 でもいまや収入は20ドルに減ってしまい、 文字たちはもっと慎ましく謙遜な「D」一文字に押し縮めようかと真剣に考えているようでした。 しかし、ジェームズ・ディリンガム・ヤング氏が家に帰って二階のアパートに着くと、 すでにデラとしてご紹介済みのジェームズ・ディリンガム・ヤング夫人が、 「ジム」と呼びながら、いつでもぎゅうっと夫を抱きしめるのでした。 これはたいへん結構なことですね。
デラは泣くのをやめ、頬に白粉をはたくのに意識を集中させました。 デラは窓辺に立ち、灰色の裏庭にある灰色の塀の上を灰色の猫が歩いているのを物憂げに見ました。 明日はクリスマスだというのに、ジムに贈り物を買うお金が1ドル87セントしかありません。 何月も何月もコツコツとためてきたのに、これがその結果なのです。 週20ドルでは、大したことはできません。 支出はデラが計算した以上にありました。 支出というものはいつだってそういうものでした。 ジムへの贈り物を買うのに1ドル87セントしかないなんて。 大切なジムなのに。 デラは、ジムのために何かすばらしいものをあげようと、長い間計画していたのです。 何か、すてきで、めったにないもの ―― ジムの所有物となる栄誉を受けるに少しでも値する何かを。
その部屋の窓と窓の間には姿見の鏡が掛けられていました。 たぶんあなたも8ドルの安アパートで見たことのあるような姿見でした。 たいそう細身で機敏な人だけが、 縦に細長い列に映る自分をすばやく見てとって、 全身像を非常に正確に把握することができるのでしょう。 デラはすらっとしていたので、その技術を会得しておりました。
急にデラは窓からくるりと身をひるがえし、その鏡の前に立ちました。 デラの目はきらきらと輝いていましたが、顔は20秒の間、色を失っていたのでした。 デラは手早く髪を下ろし、その長さいっぱいまで垂らしました。
さて、ジェームズ・ディリンガム・ヤング家には、 誇るべき二つのものがありました。 一つはジムの金時計です。 かつてはジムの父、そしてその前にはジムの祖父が持っていたという金時計。 もう一つはデラの髪でした。 シバの女王が通風縦孔の向こう側のアパートに住んでいたとしましょう。 ある日、デラが窓の外にぬれた髪を垂らして乾かそうとしたら、 それだけで、女王様の宝石や宝物は色あせてしまったことでしょう。 また、ソロモン王がビルの管理人をやっていて、宝物は地下室に山積みしていたとしましょう。 ジムが通りがかりに時計を出すたび、王様はうらやましさのあまり、ひげをかきむしったことでしょう。
さて、そのデラの美しい髪は褐色の小さな滝のようにさざなみをうち、 輝きながら彼女のまわりを流れ落ちていきました。 髪はデラの膝のあたりまで届き、まるで長い衣のようでした。 やがてデラは神経質そうにまた手早く髪をまとめあげました。 ためらいながら1分間じっと立っていました。 が、そのうちに涙が一粒、二粒、すりきれた赤いカーペットに落ちました。
デラは褐色の古いジャケットを羽織り、褐色の古い帽子をかぶりました。 スカートをはためかせ、目にはまだ涙を光らせて、 ドアの外に出ると、表通りへ続く階段を降りていきました。
デラが立ち止まったところの看板には、 「マダム・ソフロニー。ヘア用品なら何でも。」と書いてありました。 デラは階段を一つかけのぼり、胸をどきどきさせながらも気持ちを落ち着けました。 女主人は大柄で、色は白すぎ、冷ややかで、とうてい「ソフロニー」という名前のようには見えませんでした。
「髪を買ってくださいますか」とデラは尋ねました。
「買うさ」と女主人は言いました。 「帽子を取って見せなさいよ」
褐色の滝がさざなみのようにこぼれ落ちました。
「20ドル」手馴れた手つきで髪を持ち上げて女主人は言いました。
「すぐにください」とデラは言いました。
ああ、それから、薔薇のような翼に乗って2時間が過ぎていきました。 …なんて、使い古された比喩は忘れてください。 デラはジムへの贈り物を探してお店を巡っておりました。
そしてとうとうデラは見つけたのです。 それは確かにジムのため、ジムのためだけに作られたものでした。 それほどすばらしいものはどの店にもありませんでした。 デラは全部の店をひっくり返さんばかりに見たのですから。 それはプラチナの時計鎖で、デザインはシンプルで上品でした。 ごてごてした飾りではなく、 素材のみがその価値を主張していたのです ―― すべてのよきものがそうあるべきなのですが。 その鎖は彼の時計につけるのにふさわしいとまで言えるものでした。 その鎖を見たとたん、これはジムのものだ、とデラにはわかりました。 この鎖はジムに似ていました。 寡黙だが、価値がある ―― この表現は鎖とジムの両者に当てはまりました。 その鎖には21ドルかかり、デラは87セントをもって家に急いで帰りました。 この鎖を時計につければ、 どんな人の前でもちゃんと時間を気にすることができるようになるでしょう。 時計はすばらしかったのですが、 鎖の代わりに古い皮紐をつけていたため、 ジムはこそこそと見るときもあったのです。
デラが家に着いたとき、興奮はやや醒め、分別と理性が頭をもたげてきました。 ヘアアイロンを取り出し、ガスを着けると、 愛に気前の良さを加えて生じた被害の跡を修繕する作業にかかりました。 そういうのはいつも大変な仕事なのですよ、ねえあなた ―― とてつもなく大きな仕事なのですよ。
40分のうちに、デラの髪は小さく集まったカールで覆われました。 髪型のせいで、まるで、ずる休みした学童みたいに見えました。 デラは、鏡にうつる自分の姿を、長い間、注意深く、ためつすがめつ見つめました。
「わたしのことを殺しはしないだろうけれど」とデラは独り言をいいました。 「ジムはわたしのことを見るなり、 コニーアイランドのコーラスガールみたいだって言うわ。 でもわたしに何ができるの ―― ああ、 ほんとうに1ドル87セントで何ができるっていうの?」
7時にはコーヒーの用意ができ、 フライパンはストーブの上にのり、 チョップを焼く準備ができました。
ジムは決して遅れることはありませんでした。 デラは時計の鎖を手の中で二重に巻き、 彼がいつも入ってくるドアの近くのテーブルの隅に座りました。 やがて、ジムがはじめの階段を上ってくる足音が聞こえると、デラは一瞬顔が青ざめました。 デラは毎日のちょっとしたことでも小さな祈りを静かに唱える習慣がありましたが、 このときは「神さま。 どうかジムがわたしのことを今でもかわいいと思ってくれますように」とささやきました。
ドアが開き、ジムが入り、ドアを閉めました。 ジムはやせていて、生真面目な顔つきをしていました。 かわいそうに、まだ22歳なのに ―― 彼は家庭を背負っているのです。 新しいオーバーも必要だし、手袋もしていませんでした。
ジムは、ドアの内で立ち止まりました。 うずらの匂いにじっとしている猟犬と同じように、そのまま動きませんでした。 ジムの目はデラに釘付けでした。 そしてその目には読み取ることのできない感情が込められていて、 デラは恐くなってしまいました。 それは憤怒ではなく、驚嘆でもなく、拒否でもなく、恐怖でもなく、 デラが心していたどんな感情でもありませんでした。 ジムは顔にその奇妙な表情を浮かべながら、 ただ、じっとデラを見つめていたのです。
デラはテーブルを回ってジムの方へ歩み寄りました。
「ジム、ねえ、あなた」デラは声をあげました。 「そんな顔して見ないで。 髪の毛は切って、売っちゃったの。 だって、あなたにプレゼント一つあげずにクリスマスを過ごすなんて絶対できないんだもの。 髪はまた伸びるわ ―― 気にしない、でしょ? こうしなきゃ駄目だったの。 ほら、わたしの髪ってすごく早く伸びるし。 『メリー・クリスマス』って言ってよ、ジム。 そして楽しく過ごしましょ。 どんなに素敵な ―― 綺麗で素敵なプレゼントをあなたに用意したか、 当てられないわよ」
「髪を切ったって?」とジムは苦労しつつ尋ねました。 まるで、懸命に頭を働かせても明白な事実にたどり着けないようなありさまでした。
「切って、売っちゃったの」とデラは言いました。 「それでも、わたしのこと、変わらずに好きでいてくれるわよね。 髪がなくても、わたしはわたし、よね?」
ジムは部屋をさがしものでもするかのように見まわしました。
「髪がなくなっちゃったって?」ジムは何だか馬鹿になったように言いました。
「探さなくてもいいのよ」とデラは言いました。 「売っちゃったの。だから、―― 売っちゃったからなくなったのよ。 ねえ、クリスマスイブでしょ。 優しくして。 髪がなくなったのは、あなたのためなのよ。 たぶん、わたしの髪の毛の一本一本まで神様には数えられているでしょうね」 デラは急に真面目になり、優しく続けました。 「でも、わたしがあなたをどれだけ愛しているかは、 誰にもはかることはできないわ。 チョップをかけてもいい、ジム?」
ジムはぼうっとした状態からはっと戻り、デラを抱きしめました。 さて、それではここで10秒間、 趣を変えたささやかな事柄について控え目に吟味をしてみましょう。 週8ドルと年100万ドル ―― その違いは何でしょうか。 数学者や知恵者に尋ねたら、誤った答えが返って来るでしょう。 東方の賢者は高価な贈り物を持ってきましたが、その中に答えはありませんでした。 何だか暗いことを申しましたが、ここで述べた言明は、後にはっきりと光り輝くことになるのです。
ジムはオーバーのポケットから包みを取り出すと、 テーブルに投げ出しました。
「ねえデラ、僕のことを勘違いしないで。 髪型とか肌剃とかシャンプーとか、 そんなもので僕のかわいい女の子を嫌いになったりするもんか。 でも、その包みを開けたら、 はじめのうちしばらく、どうして僕があんな風だったかわかると思うよ」
白い指がすばやく紐をちぎり紙を破りました。 そして歓喜の叫びが上がり、 それから、ああ、 ヒステリックな涙と嘆きへと女性らしくすぐさま変わっていったのです。 いそいで、そのアパートの主人が必死になって慰めなければなりませんでした。
包みの中には櫛(くし)が入っていたのです ―― セットになった櫛で、 横と後ろに刺すようになっているものでした。 その櫛のセットは、 デラがブロードウェイのお店の窓で、長い間あがめんばかりに思っていたものでした。 美しい櫛、ピュアな亀甲でできていて、 宝石で縁取りがしてあって ―― 売ってなくなった美しい髪にぴったりでした。 その櫛が高価だということをデラは知っていました。 ですから、心のうちでは、その櫛がただもう欲しくて欲しくてたまらなかったのですけれど、 実際に手に入るなんていう望みはちっとも抱いていなかったのです。 そして、いま、この櫛が自分のものになったのです。 けれども、この髪飾りによって飾られるべき髪の方がすでになくなっていたのでした。
しかし、デラは櫛を胸に抱きました。 そしてやっとの思いで涙で濡れた目をあげ、微笑んでこう言うことができました。 「わたしの髪はね、とっても早く伸びるのよ、ジム!」
そしてデラは火で焼かれた小猫のようにジャンプして声をあげました。 「きゃっ、そうだ!」
自分がもらう美しい贈り物をジムはまだ見ていないのです。 デラは手のひらに贈り物を乗せ、ジムに思いを込めて差し出しました。 貴金属の鈍い光は、 デラの輝くばかりの熱心な気持ちを反射しているかのようでした。
「ねえ素敵じゃない? 町中を探して見つけたのよ。 あなたの時計にこの鎖をつけたら、 一日に百回でも時間を調べたくなるわよ。 時計、貸してよ。この鎖をつけたらどんな風になるか見たいの」
デラのこの言葉には従わず、 ジムは椅子にどさりと腰を下ろし、 両手を首の後ろに組んでにっこりと微笑みました。
「ねえデラ。僕達のクリスマスプレゼントは、 しばらくの間、どこかにしまっておくことにしようよ。 いますぐ使うには上等すぎるよ。 櫛を買うお金を作るために、僕は時計を売っちゃったのさ。 さあ、チョップを火にかけてくれよ」
東方の賢者は、ご存知のように、 賢い人たちでした ―― すばらしく賢い人たちだったんです ―― 飼葉桶の中にいる御子に贈り物を運んできたのです。 東方の賢者がクリスマスプレゼントを贈る、という習慣を考え出したのですね。 彼らは賢明な人たちでしたから、もちろん贈り物も賢明なものでした。 たぶん贈り物がだぶったりしたときには、別の品と交換をすることができる特典もあったでしょうね。 さて、わたくしはこれまで、つたないながらも、 アパートに住む二人の愚かな子供たちに起こった、平凡な物語をお話してまいりました。 二人は愚かなことに、家の最もすばらしい宝物を互いのために台無しにしてしまったのです。 しかしながら、今日の賢者たちへの最後の言葉として、こう言わせていただきましょう。 贈り物をするすべての人の中で、この二人が最も賢明だったのです。 贈り物をやりとりするすべての人の中で、 この二人のような人たちこそ、最も賢い人たちなのです。 世界中のどこであっても、このような人たちが最高の賢者なのです。 彼らこそ、本当の、東方の賢者なのです。

<版権表示>
Copyright (C) 1999 Hiroshi Yuki (結城 浩)
本翻訳は、この版権表示を残す限り、 訳者および著者にたいして許可をとったり使用料を支払ったりすること一切なしに、 商業利用を含むあらゆる形で自由に利用・複製が認められます。
プロジェクト杉田玄白正式参加作品。
<版権表示終り>




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精神世界ランキン

1 件のコメント:

  1. こんにちは

    この記事の話、初めて知りました。
    プリントアウトして、保存させていただきます。

    良い話に出会えて、私も幸せになりました。

    ありがとうございます。

    返信削除

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