2012年11月18日日曜日

私という現象


わたくしといふ現象は 仮定された有機交流電灯の ひとつの青い照明です

(あらゆる透明な幽霊の複合体)


風景やみんなといっしょに せはしくせはしく明滅しながら いかにもたしかにともりつづける 因果交流電灯の ひとつの青い照明です

(ひかりはたもち、その電灯は失はれ)

……(中略)……

これらについて人や銀河や修羅や海胆は 宇宙塵をたべ、または空気や塩水を呼吸しながら それぞれ新鮮な本体論もかんがへませうが それらも畢竟こゝろのひとつの風物です

……(中略)……

(すべてがわたくしの中のみんなであるやうに みんなのおのおののなかのすべてですから)

……(略)……

春と修羅序 宮沢賢治





以下は、私の駄文

その昔…名前など無かったころ
瞬きすれば太陽は雲から顔を出し
呼吸は風となって大地を巡り
吐息をつくと、霧が街を覆いました
心臓の鼓動は波をつくり岸辺を清め
眠りにつくと、夜空に月が顔をだします

忘却のしじまから瞳を開けると、世界は万華鏡のようにきらびやかに現われ意識を魅了します
新鮮な体験に魅入られて、世界に対峙する時
世界を観察し体験している主体である私という現象を知ります
自我は私の前に現われる物を分析し分類し分けていき名前という記号を対象に貼り付けていきます
世界を粉々に砕き、次々と分離させて世界の仕組みを知ろうとします
やがてかつての新鮮さも薄れ、万華鏡の中身がただの紙屑と知った時のように世界は色褪せて感じます
すべてを分ける知は、ますます自己を世界と切り離し
言葉という不確かな記号は、他人との繋がりを見失わせ
「私」を誰もいない、何もない、暗闇の世界へと置き去りにします
やがて「私」は、闇の中で自らの光を見つめ
そして私という現象がひかりはたもち、その電灯は失はれゆく存在だと知り
その現象の奥に流れる大河がすべてのものの奥にも流れ、すべてが繋がっていることを思いだします



ブログランキング に参加しています。
下記のリンクをクリックいただけますと、沢山の方に見ていただく機会がふえます。
この日記の記事がよいと思われましたら応援クリックお願いいたします。
ありがとうございます。

にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へ
にほんブログ村


スピリチュアル ブログランキングへ

精神世界ランキン

2 件のコメント:

  1. コメントを書いている途中でボタンを押し間違えたのか、消えてしまいました❗

    私が賢治の話になると熱くなってしまうからなのかな?などと思ってしまいました(笑)


    シュタイナー教育を行っている「賢治の学校」というのがあるようです。
    私が見たパンフレットには、就学前の子供たちを自然の中で遊ばせる」というようなことが書いてありました。

    詳しくはわかりませんが、全国展開しているようですのでそこそこで少しづつ違った形かもしれません。

    障害を持ったお子さんたちにも、またそのお母さんたちにもいいかもしれません。

    返信削除
  2. 洪さんの文章が、まるで賢治が現代に甦ってきたかのようにも感じられて何度も読み返しました。


    消えてしまったコメントは一瞬「公開されました」の文字が出ました。

    宇宙の仲間たちにでも公開されたのでしょうか?(笑)

    しばらく読んでいなかった賢治の作品を読んでみたくなりました。

    返信削除

コメントは管理人の承認後に表示されます